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1 ショタとヤンキー
一層照れまくる鳴瀬 くんに、僕は真剣な表情で言った。
『お願い、もう一回、キスさせて』
全然足りない。
もっと鳴瀬くんに触れていたい。
照れながらもこちらを向いて、困った顔をする鳴瀬くん。
好きだと言ったらそれに応えてくれた、なのにキスに戸惑うのがとても可愛くて、少し意地悪するように、ゆっくりとキスをした。
・・・・・・・・・・
二十一時過ぎの駅前のファミレス、俺はさっきキスした相手と二人、カルボナーラを無表情で食べていた。
ちょいちょい何かをつまんでいたのに全然足りなくて、鳴瀬くんも同じなのか無言でひたすら食べている。
俺は完食すると、ドリンクバーのオレンジジュースも飲み干して、まだ食事中の鳴瀬くんに話しかける。
「何ともなかったな、キスシーン」
おとといから台本の読み合わせをして、昨日から撮影が始まった。
実写版、BLシミュレーションゲームの撮影。
俺は『二重人格ショタ高校生』の川崎 くん。
鳴瀬くんは、本名は本吉 くんだけど、『ツンデレヤンキー高校生』。
他に『男前王道大学生』『クールメガネ弁護士』『ヘタレ高校教師』『美形遊び人大学生』の、計六キャラクターがいる。
それぞれに攻受のストーリーがある、非常に興味深いゲーム。
俺は大学に通いながら事務所に所属して、たまに端役をする程度の役者だったが、“趣味と実益を兼ねて”オーディションを受けたら、幸運にも受かってしまった。
BLゲーム、好きなんだよね。
三次元の恋愛対象も男だし。
で、目の前の 鳴瀬くんも、どういうことなのか俺と同じ経緯をたどってここにいる。
もしかしたら同じ学園ドラマのモブで共演していたかも知れない彼も、BLが好きで、男が好きで、ここにいる。
顔合わせの時から通じ合うものがあり、空き時間や帰りは大体鳴瀬くんと一緒にいた。
六人を三組に分けて、二日間かけて静止画と動画を撮る。
それを五回やって、一人受攻十シナリオ分の撮影をする、その一回目の動画撮影終了後。
鳴瀬くんは一回目に、見た目一押しの男前大学生・小野田 さんに当たり、緊張のあまりキスシーンを何度も撮り直ししたらしい。
それでこの先不安だと言うので、他の人の撮影中に、俺と鳴瀬くんのキスシーンを練習をしていた。
鳴瀬くんは俺のことは全く射程外らしく、練習必要ないじゃんってくらい至ってまともにキスしてきたし、されていた。
俺の一回目の相手は高校教師の南方 先生だったんだけど、俺の一押しは弁護士の北上 先生だったので、真面目に演技してキスもしてきた。
仕事を受けて一番心配していたキスシーンは、俺にとっては何ともなかったんだけど。
「いやいや、川崎くんも北上先生とキスしてみろよ!? ムリムリムリ! 失敗したらまたするんだぞ! 余計ムリなんだって!」
まだ焦っててなんか面白い。
相当テンパったんだろうなぁ。
それにしても、ヤンキー高校生攻めの男前大学生受けってどんなシナリオなのか想像つかない。
「でも、いっぱいキスできて良かったな」
大変な目にあったようなので慰めてみる。
鳴瀬くんは顎に手を当てて、少し困った顔をした。
「あの人さ、あれで無口だったら超好きなんだけどさ、なんか失敗するたびに『ツンデレ可愛い』って抱きつかれたんだぞ。ありがたい体験はしたけど、ちょっと違う」
そう、小野田さんに限らず、キャストは大体、キャラクターと本人が全然違う感じだった。
俺も外面はショタだけど、中身は普通の大学生、ツンデレヤンキーのほうがまだ自分に近い。
「川崎くんも北上先生と話ししてただろ? どうだった?」
「北上先生は、普段眼鏡かけてないし、中身はヘタレっぽいし。俺もちょっと違うな。演技中は神々しいんだけどさー」
「写真撮影禁止とか、最悪だよな」
「まぁ、当たり前だけど、いっぱい写真撮って、後で眺めてニヤニヤしたいよな」
「なー」
キスシーンの苦労以外は、大抵俺と鳴瀬くんは同意し合ってた。
カルボナーラとオレンジジュースも、合わせたんじゃなくて、元々好きなもの。
鳴瀬くんは俺のグラスも持って立ち上がり、
「オレンジジュースでいい?」
と聞いてからお代わりを持ってきてくれた。
見た目茶髪のヤンキーだけど、気の利くいいヤツだ。
ジュースを一口飲んで、鳴瀬くんは溜め息を吐いた。
「お互いさー、あわよくばお付き合いをって思ってたのにさ、上手くいかねーな」
「そう? 俺は鳴瀬くんと友だちになれたのは、すごい収穫だよ。周りにこういう話できる人いなかったから」
いるトコにはいるんだけどな、そういうお店に行けば。
学校とかにはこういう人はいなかった。
「へぇー、ありがとう」
鳴瀬くんはテーブルに肘をつき、手のひらで口元を隠し、目も合わせずに棒読みで礼を言う。
……これがツンデレヤンキーか。
「友だち、だぞ? なんか照れてない?」
鳴瀬くんは口元の手を離すと、俺に非難を浴びせて来た。
「友だちで照れてもいいだろ! 俺は小野田さんを寡黙にしたカンジが好きなんだよ! 川崎くん正反対じゃねーか」
確かに俺は漢気溢れる風貌でもないし、寡黙でもなくてヘラヘラしてるけど、ちょっと失礼じゃないか?
「鳴瀬くんもすぐにテンパって全然クールじゃないし、眼鏡でもないし、全然趣味じゃないからね?」
まぁ、だから『友だち』になれたのかなーとも思うかな。
ふと思いついて自前の黒縁伊達眼鏡を鳴瀬くんにかけてみたけど、ヤンキーに眼鏡とか全く似合わなかった。
「鳴瀬くん、遊び人の白石 くんと話した? あの人、声優だから声はイケメンボイスだけど、中身はなんか女の子だったからね。俺、女の子苦手なんだけど」
「え、あれで女の子なの?? 俺も女の子苦手なんだけど」
そうやってまた普通の(?)会話を楽しんでから、俺たちは二十二時過ぎに帰路についた。
明日は次の組み合わせ、俺は本命の北上先生との撮影だ。
大した役者じゃないのにもらえた、俺にとってはかなり大きくてかなり面白いこの仕事。
とにかく真剣に、楽しんで、できたらいいなと思ってる。
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