2 / 18

2 ヤンキーと高校教師

『なぁ、また後ろからぎゅってしてよ』 『はいはい』  センセイは仕方ないなと言いたげに、言われた通りにしてくれた。  これ、スゴい落ち着く。  スゴい好き。  今まであった面倒なこと、全部どうでも良くなって。  振り向いて、抱き締めて、顔を上げたら、センセイは優しい顔で、キスしてくれた。  きっともう、何も心配しなくていい。  迷ったらセンセイが大切なこと教えてくれる。  俺は精一杯の笑顔を見せる。  嬉しい気持ちを、センセイにちゃんと伝えられたと思う。 ・・・・・・・・・・  俺の今一番の推しは、ヘタレ高校教師の南方(みなかた)先生だ。  劇団員で二十九歳のお兄さんだけど、三十五歳の役をしている。  俺は二十歳(はたち)で十七歳のヤンキーの役をしてるんだけどな。  南方先生は役に入り込んでいる時は脱力系なんだけど、じっとみんなの演技を見てたり、ヘタレとはどんなものか人に聞いてたり、ものすごい真面目に作品に取り組んでる。  真剣な顔で黙って考え込んでるトコが、たまらなくカッコいい。  それに気付く前にキスシーン撮り終わって良かった。  休憩時間、川崎くんにそうこっそり熱く語ると、黒縁伊達眼鏡を持って南方先生のところに飛んで行った。  俺も後を追う。  南方先生に眼鏡を渡す川崎くん。  南方先生がスマートな動きで眼鏡をかけると、眼鏡に興味のない俺から見ても、似合っている。  そして川崎くんは大興奮。 「ありがとうございます!! 癖毛黒髪に黒縁眼鏡とか、最高です!」 「あはは、どういたしまして」  南方先生は大人な笑顔で礼を言う。  やっぱ、ホントに寡黙な人ってあんまりいないよな。  ここで『何が面白いのかわからない』みたいに無表情になる人なんて、ただの空気読めない人だ。  クールとか寡黙とか、俺と川崎くんが好きなものは幻想に近い。  そして、多分南方先生が好きなヤツがもう一人いる。  遊び人大学生の白石(しらいし)くんだ。  二人が話してるトコをチラッと見たんだけど、南方先生が、 「鏡の前で、客観的に見た動きを考えてるんだよね? すごく参考になる。知らないうちに演技盗んでたらごめんね」  って白石くんに言ってて、白石くんははにかみながら、 「特許取る予定ないので、どうぞ盗んで下さい」  って返事してた。  俺なんかはとことん感情移入して、なりきってなりきって演技してるから、全然タイプの違う役者なんだなーと思ったり。  それは置いといて、白石くんも南方先生が大好きに違いない。  ライバル多いし。  けど、俺は別に南方先生とどうにかなりたいワケじゃない。  素の南方先生の写真を百枚くらい撮って、後で写真を見ながら『カッコ良すぎる!』って悶絶できればそれでいいんだ。  川崎くんと北上先生の撮影が始まるから見に行こう。  明日、俺も北上先生との撮影になるから、イメージトレーニングしたいし。  そして川崎くんがキスシーンでテンパって撮り直しになったら、『ほら見ろ』って言う大事な仕事もあるからな。

ともだちにシェアしよう!