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3 弁護士と遊び人
俺は覚悟していたはずなのに、非常に困惑していた。
目の前にいるやたら綺麗な兄ちゃんと、明後日キスをしなければならないのだ。
俺は数ヶ月前、実写ゲームの弁護士役のオファーを受けた。
オーディションもあったらしいが、所属する劇団の公演で俺に目を付けたスタッフがいたそうで、眼鏡が似合うという謎の理由で役をあてがわれた。
男とのキスシーンがあるし、出演することで弊害も出るかも知れないが良いかとしつこく聞かれたが、ギャラも出るし、弊害が出て困るほど自分がビッグになるとも思っていないので、勉強のためとオファーを承諾した。
で、現在に至る。
「キスって、ホントにするの?」
台本の読み合わせをしながら、遊び人白石くん役の彼に尋ねる。
フリとかじゃないのかな?
「キスするって書いてあるんだから、するんですよ。私は聞いていましたけど」
真面目な顔で答えてくる。
大学生って聞いたけど、堂々としてるなぁ。
「俺も聞いてたけどさ。俺とキスするとか、嫌じゃないの?」
「仕事だから別に。私とキスするの、嫌ですか?」
ちょっと寂しそうな声になって、俺は焦る。
「いや、いざ本人を目の前にすると、なんか怖じ気づいちゃって。男同士って未知の世界だし」
男同士だから特に困ったりしないと思って、勉強もしてこなかった。
失敗したなー。
白石くんは何やら考え込んで、いい案が思いついたのかにっこり笑った。
「私見て、気づきませんか? 今は役で男の格好してますが、普段は女の子の格好してるんですよ」
言いながら鞄から可愛いピンク色の手帳を取り出して、プリクラを見せてくれた。
黒の長髪のウィッグをして、化粧もして、加工もかかっているから本人かどうかわからなかったが、これが白石くんだと言うなら、本当に女の子にしか見えなかった。
え、こっちも未知の世界なんですけど。
喋り方丁寧だなと思ったら、イントネーションとか女の子っぽかったのか。
似合ってたから気付かなかったけど、鞄も女物じゃないか。
175センチの俺と同じくらいの身長なのに、パイプ椅子に座るさまが『おしとやか』だ。
自分のこと『私』って言ってるし、中身が女の子な人なのか、納得。
その彼が、ニコニコしながら言う。
「だから、男同士じゃなくて、女の子とキスするんだと思えばいいんですよ!」
「そうか! 頭いいなぁ、白石くん!」
なるほどなー、じゃない。
「って、待ってよ。俺、女の子ともキスしたことないよ?」
あれ、俺、なんか恥ずかしいこと言ってない?
白石くんは意外そうな顔を見せる。
「本当ですか? そんな素敵な顔してるのに」
うん、顔は自分でもいいほうだと思って役者やってるんだけど。
「顔が良くても、性格がね。優柔不断、の一言に尽きるね!」
白石くんは『そうですね』とも『そんなことないですよ』とも言えずに、愛想笑いしてきた。
そして。
「じゃあ、ベッドシーンじゃないだけマシだと思って、我慢して下さい」
と、名案を提示してきた。
「あぁ、さすがにベッドシーンは無理だな! なくて良かった!」
漫画でならチラッと読んだことがあるぞ。
俺が白石くんを悦 ばせるとか、白石くんに悦ばされるとか、絶対無理、怖い。
俺は外していた伊達眼鏡をかけ、台本を開き、意を決して立ち上がった。
「頑張ります、宜しくお願いします!」
・・・・・・・・・・
『あんた大人だろ、弁護士だろ。俺、すごい迷ったけど、ちゃんと答え出してんだよ?』
白石は大きなデスクに手をついて、許しを乞うように尋ねてくる。
『あんたは? 答えてよ』
いつも斜に構えて世界を見下している白石が不安そうにする様が、どこか愛おしい。
俺は白石の襟元を掴んで引き寄せ、唇を重ねる。
掴んだ手を離すと、一旦離れた唇を、白石のほうからまた一度 重ねてくる。
俺は白石の髪を撫で、頬を撫で、言う。
『どうしてこんなに懐かれたかな。大丈夫、俺はお前を見捨てたりしない』
抱き締めて、また口付ける。
白石が安心するなら、いくらでもやってやる。
愛しい存在が再び地獄に堕ちないように、俺は白石を、自分の心に繋ぎ止めた。
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