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8 高校教師と男前

 この現場はとても面白い。  男性同士の恋愛ゲームという聞いたことのないジャンルのオファーが来て、僕は喜んで引き受けた。    実写だと言うが、背景はCGなので、ロケ地の移動がなくてとても楽。  人物もCG風に少し加工するそうだ。  要所要所のセリフのアフレコもあって、声優のような体験もできた。  僕は三十五歳の高校教師役。  実年齢より上だから、どうやったら若干老けて見えるか考えたりするのが楽しい。  共演者も興味深い人たちばかりだ。  二重人格役の矢本君は、相手によって現れる人格が違うのに、演じ分けがなかなか上手い。  不良役の本吉君は、愛に飢えてる感じがとても出ていて、演技をしているのに本当に守ってあげたくなる。  弁護士役の鹿島さんは、容姿を活かした艶のある演技に目を見張るものがある。  美男子役の黒川さんは、演技しながら画面にどう収まるかを考えていて尊敬する。  そして、今日から一緒に撮影するために今、読み合わせを始めようとしている男前役の遠田君は。  多分彼の本質が、小野田君という人物にぴたりと一致している。  遠田君は、僕の舞台を二回観に来て、ファンになったと言っていた。  僕の出たもの全部観てくれてありがとうと言ったら、ベテランだと思っていたと驚いていた。  僕は一度社会に出てから、やっぱり役者をやりたくて劇団に入った。  だから経験がとても浅い。  だからすごく勉強をして、経験を積まないといけない。  気を悪くしないと言ってくれたので、男性経験のある遠田君に、僕は色々聞いた。  南方先生を押し倒す小野田君は、キスだけのつもりなのか、その先も期待しているのか。  遠田君は少し考えてから、その先も期待しているつもりで(せま)ると言った。  それなら、南方先生も押し倒したくなるような色気を出したい。  南方先生のような人間の色気って、どんなだろう。 「ねえ、普段の鹿島さんみたいな人だったら、どんなところに色気を感じるかな?」 「え、何ですか急に?」  遠田君は軽く吹き出しながら問う。 「いや、南方先生をやる時の参考になるなぁと思って、表情とか観察してたんだよね。なんかフワッとしてるから」  弁護士役をしている時の鹿島さんは僕から見ても色気を感じるが、普段の鹿島さんにはさすがに押し倒したくなるような要素を感じない。  言うと遠田君は、離れた場所で不良役の本吉君と話をしている鹿島さんを眺める。 「ああいう人は、色気を出されるより、こっちの世界には足を突っ込まないで欲しいですね。俺はね」  彼はいつものように、恐らく自分の経験に照らし合わせて僕にアドバイスをくれる。 「特殊な恋愛はしないで、離れたところから見て欲しいですね。迫っても、何言われてんのか(わか)ってないくらいの反応が可愛いかな」 「そうかぁ。なら照れるとか(ほう)けるとかしないで、大らかな気分でいたほうがいいかな。わかった」  小野田君という役は、誠実に見えて荒々しく、痛々しい。  惚れるよりも、包み込んであげたい。 「それと、君が鹿島さんのような方も好みだというのもわかっ……」 「おーーっと! 何言ってるんですか?」  感じた事を思わず口にすると、遠田君が食い気味に声を上げる。 「ん? 遠田君はオープンな人だと思ったんだけど」  そう言えば、最初に鹿島さんの名前を出した時に少し驚いていたように見えた。  言ってはならない話だったようだ、が。  遠田君は、にこりとした。 「そうですよ。俺、ああいう人、大好きです」 「いいの? 言っちゃって」 「うん。だから南方先生のこと、超ノリノリで押し倒します」  それはありがたい。  遠田君に引っ張られて、僕もリアルに近い演技ができるかもしれない。 「宜しくね。遠田君」 「こちらこそ。築館(つきだて)さん」 ・・・・・・・・・・  絡み合う指に力がこもる。  熱でふらつく身体は易々(やすやす)(おさ)え込まれ、不器用だが激情が伝わる口付けに、僕はわずかに困惑する。 『こら、風邪が感染(うつ)るよ、小野田君』 『俺がひかせたんだから、いいよ』  強過ぎる彼が自己を省みず危うい道を突き進むなら、  弱過ぎる自分が彼の足枷(あしかせ)になるのも、良いのではないだろうか。  教え子として初めて彼に会った時感じた強烈な畏怖の念は、この日の訪れを予測していたのだと思うと、何もおかしな事はないと、僕は全てに納得した。

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