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18 リバーシブル×カット
一カ月前、お互い実家暮らしだった優哉くんと一緒にアパート借りた。
生活パターンが違うけど、これならフリーな時間が少しでも合えば、出来る限り一緒に過ごすことができる。
俺は家族に『友だちと部屋を借りる』って言ったけど、優哉くんは『恋人と同棲する』と言ったそうで。
自由過ぎる優哉くんを諦めた普通のご両親に、挨拶されたりした。
相変わらず優哉くんは、なんか強い。
夜中にバイトから帰って、優哉くんの部屋に行く。
優哉くんは夜にバイトしたら、中学生がこんな時間にって色んな人に何度も言われて、面倒になって辞めたそうだ。
今は日中少しと土日にがっつりバイトしてる。
その中学生は、ベッドに寝転がって、スマホで『リバーシブル・カット』をやっていた。
俺らが出たゲーム。
ちょっと前はBLゲームはパソコンでやってたけど、スマホでできるから楽だよな。
「今ねー、北上先生で南方先生を攻めてた」
ベッドに腰掛けると、優哉くんは攻略状況を見せてくれる。
「北上先生しかやってねーのかよ」
一番最初に北上先生でなぜか鳴瀬くん落としてたのは見た。
相変わらず『北上先生』好きだな。
俺も自分の攻略状況を見せる。
「栄樹くんは白石くんばっかりやってない?」
「白石くん面白いんだよ。初めから親密度MAXで、とことん下げないといけないヤツがあったりして」
本人と同じで不思議な設定。
優哉くんはスマホを置いて起き上がる。
「白石くんの中の人、ネットの特撮番組にちょっと出るんだって」
「へー」
あの人努力家のイケメンだし、手当たり次第色んなこと挑戦してるみたいだからなー。
カッコいいよな。
こないだ鹿島さんの舞台観に行った時は、女の子のカッコしてたけどな。
築館さんと付き合ってるって聞いたけど、全然そう見えなかった。
なんかお互い敬意を払ってる感じで。
そういうところもカッコいい。
「あとね、遠田くんが鹿島さんをやっと落として、鹿島さんにタチになってもらうとか、ワケわかんないこと言ってた」
それはヨカッタ、けど。
「ワケわかんないとか失礼だな。俺はなんとなく、わかるよ。俺も最初、遠田さんに抱きつかれてたから」
「遠田くんきっと、目元がクールでちょっとズレてる人が好みなんだよね。鹿島さんいなかったら栄樹くん盗られるトコだった」
「ズレてるとか、また失礼なこと言ってるし」
自分でもどっか抜けてるの、わかってるけどね。
で、俺らは。
結局、俺がタチになった。
普段は忘れてるけど、近づかれると、やっぱ優哉くん可愛いから。
最近髪伸びてきて、ますます可愛い。
顔だけじゃなくて、声も可愛いし。
最高気の合う友だちしてくれるし、可愛い恋人もしてくれる。
大好きだし。
ベッドに腰掛ける優哉くんの後ろに寝転がって、腰に腕を回す。
目を閉じる。
優哉くんが振り向いた気配。
「どうしたの、今日もエロいことすんの?」
「今日はもう眠い」
明日は一緒に高校生のエキストラしに行くから、早く寝ないと。
もうここで寝たい、二人で寝ると狭いけど。
「寝てると可愛いよね栄樹くん」
目を開ける。
「起きてると目つき悪いからな」
「いやいや、カッコ良くて好きだけど」
優哉くん眼鏡が好きなのに、俺のこと好きになってくれたなんて、マジで奇跡。
すごい嬉しい。
起き上がっていっぱいキスしてから、ここで寝ていいって言うから、俺は横になって、目を閉じた。
・・・・・・・・・・
黒川くんは、会うたびに雰囲気が違う。
白石くんだった時は、茶髪を外ハネにセットした派手な遊び人で。
撮影が終わってからは、黒髪にして後ろで一つに結んでいて、若い侍みたいだなと思った。
時間に余裕のある日には、黒い長髪のウィッグに化粧もしていて、芯の強い女性に見えて。
今日久しぶりに自宅に招いたら、結んでいた髪を切って、誠実そうな若者になっていた。
大学に通いながら声優の養成所に行って、エキストラのバイトを始めたら、幸運にも役を一つもらえたそうだ。
役に合わせて、髪を切った。
「優しい彼氏が悪人になって、魔物に変身するんだそうです。三個も役ができるんですよ!」
悪役だけど彼はとても喜んでいて、僕も心が弾む。
印象がいくら違っても、会話をすると中身は変わらず黒川くんだ。
洋間のソファに掛けた黒川くんの隣に座る。
「髪切ったら、なんか愛らしくなったね」
顔を覗き込むと、彼ははにかんだ笑顔を見せ、
「ありがとうございます」
と、僕の肩に寄りかかる。
茶髪や長髪の時よりも、擦れた感じが減って幼くなった気がする。
彼は外では決して甘えない分、時折家に呼んだ時は存分に甘えてくれる。
自分も然 り。
少し前まで自分の恋愛対象は女性だと思っていたのに、彼については容姿も中身も眩しくて、どうしようもなく愛おしい。
彼はふと身を起こして、今度は無邪気な笑みを見せた。
「小野田さんと川崎くんのお話、クリアしました!」
黒川くんは鞄からスマートフォンを取り出し、僕らが参加したゲームの画面を開いて、集めた動画を見せてくれる。
あまりゲームをする時間がないので、僕らは分担してゲームを進めて、互いに収集した動画を見せ合っていた。
「優哉くん、普段はすごい面白い感じなのに、この『川崎くん』はなんか、儚 くて透明感があるんだよなぁ」
「僕と撮影した時は元気で子供っぽい印象だったよ。多重人格でシナリオ十本分の感情移入って、大変だったろうね」
「本人は全部別の役をしてるつもりって言ってましたよ。切り替え上手くて羨ましい、私まだ白石くん引きずってる」
黒川くんとの会話は大抵演劇に関することだが、不満に感じることはない。
熱くなっている彼が、とても、好ましいから。
「今度する役、小野田くんみたいに包容力のある彼氏なんですよ。でも髪型似せても、白石くんみたいに軽薄な感じになっちゃう」
「元々の容姿と体格もあるよね。設定されてる年齢より高いイメージでやってみたら、落ち着きが出ないかな?」
黒川くんは、僕の言葉に少し考え込む。
そして、何かを含んだ笑みを浮かべた。
「優しい彼氏の練習していいですか?!」
「ん? 僕が彼女役やったらいいの?」
以前にも、彼の養成所での課題に付き合ったことがあった、けど。
「そうだよ。俺は、何歳くらいがいいかな。築館さんより年上で、三十歳ってことにしておこうか」
既に練習が始まっており、爽やかで落ち着いた口調で、僕を愛でるように見つめてきた。
「いや、三十歳はちょっと、無理があるかな」
幼くなったから、年上にはどうしても見えないのだけれど。
「じゃあ築館さんが年齢下げて」
彼は動じず、にこやかに返してくる。
時折、黒川くんはこういった遊びを仕掛けてくる。
いたずらが、好きなのかな。
じゃれつかれているようで楽しかったり、稀 に戸惑うことも、あったり。
白石君を引きずっているのではなくて、元々白石君に近い性質を多少持っているのではないか、と思う。
「僕は上げることはできても、下げるのは無理じゃない?」
「そんなことないよ」
本当にそんなことはないと思っているのか、『優しい彼氏』だからそう言うのか。
彼は膝に置いた僕の手に手を重ねて、優しい顔のまま僕の頬に口付けた。
普段は照れ屋に見えるのに、役の練習を始めると、どういうわけか積極的になってくる。
「子ども向けのドラマで、こういうシーンは、ないよね?」
「でも、いい大人なんだから、裏では絶対やってるよ」
優しい彼氏が、妖しく声を潜 めて耳元で囁 く。
唇で耳をくすぐられながら、微笑ましい気持ちで、しばらく彼の遊びに付き合った。
理想の未来が限りなく近く、想いを共有できる相手と過ごせることは、この上なく心地良い。
同じ未来を見ることができずに、終わってしまった過去があるから、尚更。
好ましいばかりの彼と、こうやって戯れながらもずっと共に過ごしたいと、僕は切に、思う。
・・・・・・・・・・
ジムへ行くと、ロビーの長椅子に座った遠田くんは、片耳にイヤホンを付けてスマートフォンを眺めていた。
最近ジムに来る際、時間が合うと遠田くんが合流するようになった。
隣に掛けると、彼は画面を俺に見せつける。
「もうすぐ北上先生、コンプリートするよ」
自分達の演じたゲームを、結構真面目にやっているらしい。
ただ、俺の出るシナリオばかりやっているようで。
「他の人のシナリオもやってよ」
「北上先生の動画全部集めて、一人でエロいことする時に使うから」
「えぇ、やめて欲しいんだけど」
周りに人がおらず小声だから止めないが、相変わらず遠田くんは、俺に対して常々セクハラ的発言をする。
多分冗談だし、ツッコミ入れられたくて言ってるんだろうから、本気で否定はしないけど。
「それより、アキラさんのベッドシーンの動画を撮りたい」
「それこそやめろって言ってるだろ」
流石 に被 せ気味に止める。
それは勘弁してもらいたい。
いつもふざけているが、遠田くんは大学を卒業して劇団に入り、夜はバイトとまともにやっているようだ。
俺と似たような生活。
彼の卒業公演、努力している素振 りは見せなかったが、観に行ったら立派に務め上げていた。
本当にいつもの彼からは全く想像がつかないのだが、息の吐 き方や仕草 で感情を表すのが上手いと思う。
多くを語らず才能を発揮する人間。
当初感じた通り、好感の持てる人間だ。
素晴らしい人間、なのだが。
更衣室で毎回着替えを凝視してきて、どこかしら身体を触ってくる。
「毎度毎度、飽きないのか?」
今日は器用に内腿 を触ってきやがった。
「一生飽きない」
満足げに答えながら、更衣室を出て俺の後ろをついてくる。
「なんか、実家で飼ってるユウゴに似てるな」
「ユウゴって何者?」
「ラブラドールレトリバー」
構ってやると喜んで、尻尾を振ってついてくる。
犬と同等な扱いをしたのに、遠田くんは全く気分を害さない。
「いいなぁ名前呼び。俺のことも下の名前で呼んでよ」
「光樹 くん」
もったいぶるとまた突っかかって来るから、間を空けずそっけなく呼んでやる。
「ふふ、なに?」
遠田くん、いつもは達観した余裕の表情をしているのに、時々こういう、ちょっと照れの入った無邪気な顔で笑ってくる。
んー、その顔、結構好きなんだよな。
慕われてる感が半端なくて、正直すごい嬉しい。
俺は遠田くんの頭をポンと手のひらで軽く叩いて、ストレッチエリアに向かう。
演劇以外にも重きを置く日がまた来るなんて、思ってなかった。
何事も勉強だと受けた弁護士役の仕事で、俺は実際色々なことを勉強できた。
この先も色んなこと、経験しよう。
遠田くんがついてきてくれたら一層、面白味のある人生になるのでは、ないだろうか。
了
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