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17 男前と、弁護士。
振られたけど、やめとくべきだけど、やっぱり好き過ぎる。
撮影の最後の最後の、アキラさんのキスが、もうダメだった。
普段は若干頼りなく大人げない彼の、滴 るような艶のある視線と口元が、身震いしそうなほど綺麗だった。
身体に響くような、染み込むような低い声で伝えてくる『北上先生』の想いに、心が痺れた。
恋愛に身動き取れない彼が、何であんなに色気を出せるんだろう。
役者が天職なのかな。
その演技力、本気で尊敬するし。
来るなと言われないから、撮影が終わってからも週一くらいでアキラさんのバイト先に、一人でフラッと飲みに行ってた。
客が多くても、カウンターに座れば時折彼と話ができる。
「ねぇアキラさん、バク宙できるなんて聞いてなかったんだけど」
昨日、撮影した他のメンバーと、彼の舞台を観に行った。
キザで、精神的に危うい科学者の役だった。
長い黒髪を後ろで結んだウィッグしてて、遠目に見てもやっぱり動きに色気があった。
そして、ホントに女の子のファンが多い。
しかも、カーテンコールの時にバク宙してて。
多分、前にやって受けて毎度やってるんだろう、周りの雰囲気でそう感じた。
「弁護士にバク宙なんて必要ないから、披露 するワケないだろ」
グラスを洗いながら答えてくれる。
そうだね。
けど確かに、俺のセクハラをかわす時の身のこなしは、それに通じるものがあったかも。
意外過ぎて。
「俺さ、アキラさんのコト、スゴい好き。カッコ良すぎる」
初めに冗談めかして言って以来、久しぶりに好きって言った。
ちょっと今、溢 れる想いを止められなかった。
アキラさんは洗い物を終えて、頼まれた酒を作り始める。
「俺もさ、いい演技する人間はすごい好きなんだよ。遠田くん自身も、素直で誠実な人間だし、嫌いじゃないんだ」
あれ?
なんか、結構いいイメージ持たれてる。
でも、俺のイメージそんななの?
てっきり肉食系だと思われてるかと。
作った酒をスタッフに渡して、一瞬俺を見てから、カウンターの片付けを始める。
「だから、君の気持ちに応えられないことで、君を傷つけるのが忍びない」
あっ。
俺、アキラさんにストレスかけてる。
「ゴメン。俺、アキラさんは脈ないと思って、言いたいこと好き勝手言ってた」
俺の想いに応えようなんて、絶対考えないと思ってた。
「いや、思ってること言わないのも、身体に悪いだろ」
彼は恐らく俺を傷つけまいと、俺の言動を否定しない。
そんなだから、諦められないんだけど。
ますます彼が、好きになる。
どう、すればいい?
冷たくして、酷いフりかたしてくれたらいいのに。
いや、やっぱそれはやだな。
「ねぇ、今度バク宙教えてよ」
「何だよ急に」
「思ってること言わないと、身体に悪いって言ったから」
俺もできるようになりたい。
一緒に過ごしたいっていう、邪念もあるけど。
アキラさんは少し考えてから、口を開く。
「明日の日中だったら、休みだから教えてやってもいいけど。家 の近くの小さいジムに、マットとかあったから」
「え、家 の近くなんかに呼んだら俺、家に行きたいって言って上がり込んで、アキラさんとこ襲うかも知れないよ?」
何で俺、すぐこんなこと言っちゃうかな。
それに、教えてもらっていいの?
アキラさん、俺の言うこと気にしてるのに。
「やめようか」
「あ、絶対襲わない。明日お願いします」
すぐに言い繕って、明日の約束を取り付けた。
断った方が彼に悪いということにしておく。
素直に、嬉しい。
現地で待ち合わせしたら、アキラさんは撮影してた時と同じように、ファーのついたダウンジャケットに大きめのマフラーを巻いて現れた。
寒がりらしい。
口元が隠れてるのが可愛い。
更衣室で動きやすい服装に着替える。
俺も隣で普通に着替えてたけど、アキラさんの着替えシーンなんて貴重なんじゃないかと思って、手を止めて観察することにした。
でも上半身全部脱ぐ手前で、俺の視線に気付いて、シャツを戻す。
「やめて頂きたい」
俺の遊びに付き合って、多分、わざと怒ってる感じ。
「ふふ、わかった」
でも、白のTシャツに黒のジャージを履いたアキラさんも初見でやっぱりカッコ良かったので、更衣室を出る時に後ろからサラッとボディタッチした。
怒られたけど、何かもう、一緒に過ごせるだけで浮かれた気分。
最初にバク転の練習をした。
見本を見せてもらったけど、弁護士してた時はスーツ着てたから見えなかった引き締まった腕、その腕がしなやかに動く様に、少しだけ見とれた。
後はちゃんと真面目にやって、俺もバク転、結構すぐにできた。
アキラさんは高校の時に遊びでやってたら、できるようになったって言ってた。
俺、高校の時は演劇と恋愛で忙しかったから、遊びでバク宙とかしなかったな。
バク宙は、ジムに来てた親切なプロっぽい人とアキラさんが介助してくれて、日が暮れる頃にはコツを掴んでた。
出来ることが増えて、気分がいい。
帰り支度をしながら、アキラさんが聞いてくる。
「俺、八時過ぎたら仕事行くけど、どっかで飯食ってく? 少しだけ家 に来る?」
「え、家 に行くって選択肢あるの? 夜一緒に過ごすの、怖いって言ったよね」
「怖いとか、冗談に決まってるだろ」
「じゃあ家に行く。期待してるみたいだから」
「してないから」
宅配ピザ頼むことにして、アキラさんの家に行った。
ジムから徒歩で五分くらい。
弁護士姿が一番印象に残ってるから、クールでお堅い感じの部屋かと思ったけど、木目調の家具とか茶系のモノが多くて観葉植物もある、自然な感じの部屋だった。
ピザを頼んでから、コーヒーカップを二つ手にしてキッチンからリビングに帰ってくるアキラさんを見上げる。
「ねぇ北上先生、キスシーンの練習しようよ」
「何で今キスシーンの練習なんだよ。いつも遠田くんと優哉くんは、俺のとこマイペースでいじってくるよな」
「いただきます」
一旦スルーして、ローテーブルに置かれたコーヒーに手を合わせてから、向かいに座った彼を見る。
「アキラさん、甘えやすいし、反応いいから」
彼は口元を引き締めて拗ねた表情をする。
その顔見るの、久々だ。
また、困らせてるのかな。
引き締めた口が、開く。
「あのさ、俺がノンケじゃないといけないのは、何でなの」
「それ、聞いてどうするの? 俺に興味あるの?」
変に期待しちゃうんだけど。
「んー、まぁ」
アキラさんは言葉を濁す。
えぇ、なんだろう。
俺は、緊張しながら、口を開いた。
「ノンケの人、好きになって、何だかんだで恋人になるんだけどさ。相手の人、内でも外でも、俺に甘えたくなるんだって」
半年以上前に別れた彼を、思い出す。
最後のほうは、一緒に外出できないって、言ってたっけ。
「外でベタベタするワケじゃ、ないんだけどさ。ちょっとした視線とか、気遣いとかが。元ノンケの人だと、自分が周りからどう見られてるか、凄い気になるんだって。いつもそれで、もう耐えられないって言われて、別れてるから、恋人になるのが、恐いっていうか」
「そうか」
「俺はノンケじゃないから、どこからがアウトかわかんなくて、色々やっちゃうんだよね。でもアキラさんにやってる程度のことだよ、視姦するとか、ちょっと身体触るとか。それも気になって、ダメなんだって」
なんか、ヘコむ。
アキラさんは、表情変えないで言う。
「俺は、周りは、気にしてないよな」
周り?
俺に対する時の、周りの視線の事?
「そうだね」
「俺は、遠田くんに甘えると思うか?」
「なんだろ、あんまり甘えてくれない気がする」
甘やかしてくれる気はする。
「だったら、俺となら付き合えるか?」
……え、なに。
「どうして、そうなったの」
「ちょいちょい俺に突っかかって来ては、ニコニコニコニコ幸せそうにされたら、さすがに揺らぐよ?」
そんなに、幸せそうだったかな?
まぁ今日は一緒に過ごせて、幸せではあったけど。
舞台観て惚れ直したから、特に。
「それに、遠田くんはタフなんだろう? 俺が不安に思うことは、何もないんだよな」
あ。
あの時、少しは考えてくれてたんだきっと。
俺、アキラさんのこと、守れるんだ。
「うん、心配しなくていいよ」
四つん這いでアキラさんに近付いて、横目でこちらを見る横顔を見つめる。
頭の天辺から爪先まで、色っぽかったりカッコ良かったり可愛かったりして、やることなすこと全部ツボなこの人が、俺の気持ちに応えてくれるの?
はは、嘘みたい。
「優柔不断なのに、決心してくれたんだ。ありがとう」
正面から顔を覗き込んだら、手のひらで顔を押し返された。
「まだ聞くことがある」
んー。
ホントに決心したのかな。
はぐらかしたよね。
「今のは、大人しくキスされとくタイミングなんだけど」
「遠田くんは、タチなのか、ネコなのか」
「もうそこまで考えてるの? 俺のことネコだとか言う人いないよ?」
「いや、まだそこまでは考えてない。築館くんが、バリバリではないんじゃないかって、言ってたんだよ」
残念、考えてないか。
何で築館さんとそんな話してるんだよ。
「あー、最初付き合った人の時は、ネコだったけど」
高校の時、兄さんの友人と付き合い始めた頃は。
「途中で身長越してからは、ずっとタチだね。他の人相手でも」
相手が先に、抱いて欲しいって空気出してくるから。
大好きだから、抱いたけど。
けど。
……あれ?
突然チャイムが鳴る。
アキラさんは財布を手に玄関に向かう。
ピザ早過ぎだろ。
と思ったら、宅配の荷物だった。
ダイニングテーブルに荷物を置いて、せっかく隣に移動したのに、アキラさんは俺の向かいに座る。
そして、首を傾 げる。
「どうした?」
「何が?」
「うん、何だ、余裕のない顔してる」
バレてる。
俺、大変なことに、気づいた。
「思ってること、何でも言っていいの?」
「聞いてどうなるかは責任持てないけど、言えばいいさ」
俺がなに言うかわかんないで、サラッと答える。
どうしてかアキラさんの顔、見れなくて、俯 いて言った。
「アキラさんが、タチになってよ」
あぁ、何か恥ずかしいし。
俺、自分でもバリタチだと思ってたんだけど。
襲うとか言いながら、そんなイメージ、湧いてなかった。
ただ、構って欲しかった。
だからきっと、アキラさんに対しては、ネコになりたい。
いや、前もその前も、ネコでいたかった気が。
「バージンじゃなくて、申し訳ないんだけど」
「それ言ったら、俺なんて十 も年上なのにどっちも初めてだぞ。逆に申し訳なくないか?」
困ってない声。
顔を上げる。
彼は、優しい目で俺を見て、小さく笑う。
「男のこと可愛いって言う気持ち、ちょっとわかってきた」
「えぇ。俺のこと、可愛いって言ってるの? そんなの言われたの、……五年ぶり」
「俺以外にも言った奴、いるんじゃないか」
困る。
俺、可愛いとか言われるキャラじゃない。
目が泳いじゃって、顔を伏せる。
「今更だけど、こっちに引きずり込んじゃったのも、ごめん」
俺、口説いた責任取れるの?
アキラさん、ノーマルでイケメンなのに、スゴい悪いことしてる。
いつもなら、叶 わないはずの想いに応 えてもらえたら、大喜びしてたのに、手放しで喜べない。
「なに弱気になってんだよ」
アキラさんが動く気配。
上着の首元を引かれて、上を向く。
澄んでるのに艶のある表情、これ、北上先生の顔だ。
スッと近付いて、スッと離れた。
アキラさんが、キスしてくれた。
追いかけるように、俺も軽く、彼に唇を重ねる。
でも。
「今の、白石くんにしてたキスじゃない?」
「俺、演技じゃないキスって、どうすればいいかわかんないもん」
拗ねた顔。
いや、照れた顔なのかも。
「俺は、腑に落ちるまでに若干時間かかったけど、引きずり込まれたら困るとか、言ってなかったし、思ってもいないから」
そうだ、この人、嫌がっても、見下すようなそぶりは一切見せてない。
まぁ、そういう人だと思ったから、ちょっかい出したんだけど。
「このままじゃ一生、こんな他人に甘えられる体験なんてできなかったからさ。考えてみると、ありがたいくらいだよ」
「ありがたいなんて、言ってくれるんだ」
なんか、泣きそうな気分。
俺は、絨毯についたアキラさんの手に手を重ねて、もう一度、さっきと同じくらいの軽いキスを返した。
俺、いつもアキラさんみたいにちょっと頼りない人好きになって。
迷惑かもと思っても、知らないフリができなくて。
最終的に、相手を困らせてて。
でもアキラさん、キスしても、セクハラしても、なんかそんなに嫌がらない。
あの現場だったからこそ、初めからそれができてた。
小野田の役、取れて良かった。
北上先生がアキラさんで、良かった。
ピザ食べたら、バク宙の練習で疲れたせいか眠くなって。
アキラさんのバイト中、ソファで休ませてもらって、始発で帰った。
駅に向かう。
外は真っ暗。
なんか、どこか、世界が違って見えた。
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