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16 弁護士と高校教師とショタ

 マフラーに顔を(うず)め、分厚いコートのポケットに手を突っ込んで、夜中のシンとした地下道を靴音高らかに駅に向かって歩いていた。  撮影が全て終わって、演者六人で打ち上げをした帰り道。  タクシーで帰るメンバーと別れて、終電に間に合った南方先生と川崎くん、いや、撮影終わったから役名じゃなく本名で呼ぶことにさっきしたんだった、築館(つきだて)くんと優哉(ゆうや)くんと共に駅に向かう。 「そう言えば! 栄樹(えいき)くんと夜歩くと三回は補導されそうになるのに! 今日まだ一回も捕まってないよ!」  優哉くんは酔っていてもいなくても変わらぬノリで、元気に歩いている。  栄樹くんとは鳴瀬くんのことだ。  二人が下の名前で呼び合うから、俺も名前で呼んでいた。  先日俺のバイト先で惚れたとか告白するとか話していたが、成就したそうで。  今まで周りに同性を好きになる人間がいなかったから、知り合い同士がそのような関係になったと目の当たりにして、何というか、不思議な気分。  でも二人は同性同士という禁断な感じというか、秘められた雰囲気はなく、気風の良い付き合いに見える。  隣を歩く築館くんは酔っているせいか、いつもより機嫌良さそうにニコニコしていた。 「僕老け顔だからね、保護者に見えるんじゃない?」 「お父さん!」 「あははは!」  優哉くんが築館くんの腕にしがみつき、築館くんは笑い声を上げる。  楽しい人間が多く、いい現場だった。  一つだけ、引っかかっていることが、あるけどな。  遠田くんの、付き合おう、自分はタフだ、という言葉。  あれに、なるほどその手があったか、と一瞬思ってしまった。  彼なら女性に何を言われても、傷付いたりしないんじゃないかと。  怖気付いて誤って階段から転倒したとしても、怪我の一つもしなさそうだと。  付き合ったとして相手を心配する必要がない、だから役者を辞めなくても良いじゃないかと。  思ったのは一瞬で、いやいやそれはおかしいだろと流したが。 「鹿島さんがお父さんでもいいなー!」  唐突に優哉くんに腕を組まれて、物思いにふけっていたところを現実に戻される。  優哉くんは鞄から伊達眼鏡を取り出して、俺に手渡した。  何だろうねこの子は。  今日も遠田くんと、俺に眼鏡をかけるかかけないかでケンカをしていた。  遠田くんが帰った今、眼鏡をかけても文句を言う人間はいない。 「優哉くんは、遠田くんと仲いいの悪いの?」  眼鏡をかけながら聞くと、彼は俺と腕を組んだまま答える。 「仲良くなきゃ、あんなバカみたいなケンカしないでしょ」  バカみたいだって思ってるのかよ。  優哉くんはそこで、少し怒ったような顔で俺の腕を引っ張った。 「ちょっと! 鹿島さんは何で遠田くんと仲良くないの? 何で告白断ったの?」 「何でって、こっちには気がないから」  優哉くんは、まだ納得行かない顔をしている。 「あの人いい人だし、ああいうバリタチはこの業界では貴重らしいよ。もったいなくない?」 「バリタチって何だよ」 「バリバリにタチな人だよ。俺と栄樹くんなんて、どっちもネコなんじゃないかって心配してんだからね」 「ふーん」  どう見ても、ヤンキーな栄樹くんのほうがタチってヤツなんだけど。  見た目じゃないんだな、中身は優哉くんのほうが強そうではあるのかな。  そこで、話を聞いていた築館くんが口を開いた。 「遠田君って、バリバリにタチな人なの?」  聞かれた優哉くんは、俺の腕から手を離して自分の腕を組んだ。 「聞いたわけじゃないけど、見た目とか言動とか、鹿島さんにグイグイせまってたし、バリタチだよね?」 「僕は遠田君は、鹿島さんに甘えているように見えたんだけど」  築館くんは笑顔を引っ込めて不思議そうな顔をした。  俺に甘えてた?  優哉くんの言うように、グイグイ攻めて来てたように感じてたけど。  驚いた表情で、優哉くんは築館くんに聞く。 「あの人ネコなの?」 「いや、ネコとかタチとか、僕もまだよくわからないけど、バリバリではないんじゃないのかなって。でも、ネコな人の可能性も、あるのかな?」 「え、まさかー」 「小野田役にもネコな人になるシナリオが五つもあるわけだから、あり得なくはないよね」  二人の話を聞きながら、俺は遠田くんの行動を思い返す。  そう言えば。  キスシーンの練習をしてた時、俺の身体を触ろうと手を出してきた。  あれは余裕のある遠田くんが、俺をからかっていたのだと思っていたが。  構って欲しくて甘えていたのでは、と考え直すと、そう思えなくもない。  会話の時も敬語を使っていたのは最初だけで、でも高圧的ではなく、そう、甘えているような感じではなかったか。  デカい図体(ずうたい)して、甘えてたの? 「けど遠田くん、カタギの人間じゃないとダメだって言ってたから、俺、断って正解なんだろ?」  聞くと、優哉くんはちょっと笑う。 「カタギじゃなくてノンケだよ。一回付き合おうって言われたんでしょ? 鹿島さんが了解したら、あの人どうしたんだろ」  あれは。  俺をからかって言ったのだとは、思っていない。  俺がうっかり遠田くんに気を許して過去の話をしたら、多分彼は深く考えることなく、俺のために俺の苦悩をどうにかしたくて、咄嗟(とっさ)にそう言ってきたのだと思った。  根が優しい、と言うか、(うわ)(つら)から既に温情のある人間に見えた。  だから、か。  あの提案に一瞬乗ろうとしてしまったのは。 「ぶっちゃけねぇ」  俺も酔ってた。  なんかもう、思ってることをぶちまけてた。 「すごい気にはしてるんだよ? 時間があれば遠田くん、俺に寄ってきてはちょっかい出して来るし。いい奴だってのはわかってるんだけど、断って正解って言われたら、何もできないじゃないか」  了承してたらどうなってたか考えるのも駄目、気になるからってそれを解消しようと手を考えるのも駄目って気がして。 「宙ぶらりんだよ、俺は」 「鹿島さん、遠田くんに気があるの?」  少し驚いた顔で、優哉くんが言う。 「いやっ、ないない」  気になるからって意識してなんかいない。  慌てて否定すると、優哉くんはテンション上げて築館くんにも意見を求める。 「あるよねきっと。ねぇ築館さん!」 「ないよな? 演技でキスとかしたくらいじゃアイデンティティ変わらないよな、築館くん」  俺も演者の中で最もまともな彼に問う。  落ち着いた雰囲気をした彼は、何故か、焦った笑いの口元を左の手の甲で隠した。 「えっ、何? 変わったの?」 「あの、鹿島さんが気を遣ったら悪いかなと思って黙ってたんですが、既に意識してるなら言って良いですよね。僕、黒川くんとお付き合いを始めました」 「だから意識してないって、え?」 「えー!」  連絡通路を抜けて、人はいるがやはり静かな駅構内。  大声を響かせてしまった優哉くんは、手で口を塞いでから築館くんに詰め寄った。 「マジで? どっちがタチなの?」  築館くんは苦笑しながら応える。 「そういうのは、まだよくわからないよ。女性とお付き合いする時だって、初めから身体の関係なんて考えなかったけど」 「俺は考えるけどなー」  優哉くんは平然とそう言う。  顔に似合わず、精力旺盛だな。  彼は言葉を続けた。 「最初に眼鏡かけた鹿島さん見た時だって、あーこの人に紳士的に攻められたい、って思ったからね! 今は中身知ってるから何とも思わないけど」 「ホント何なのキミは、そんな目で俺を見てたの?」  ブレなくて好感持てるけど。  築館くんは、だいぶ初期から黒川くんに好感を持っていたが、自分は釣り合わないと思って黙っていたそうだ。  だが先日、黒川くんがほのかに好意を示したので、好意を示し返したら告白されたと言う。  ただ、黒川くんは女性だと思っているので、アイデンティティが変わったのかどうかはわからないそうだ。  んー。  男と付き合うのは何かおかしいって思う方がおかしいのかなぁ。  でも別に、遠田くんに告白されたからって俺が考えてやらなきゃいけない訳じゃないし。  第一もう断っているし。  もうしばらくは会わないだろうから、時間が経てば遠田くんにも別の想い人が現れるだろうし。  まぁ、気にはなるんだけど。  まだ、ピンと来ない。  何か決定打があれば。  あれば、どうなるんだろう。  改札を抜ける。  優哉くんに眼鏡を返して、また集まろうと約束をしてから、それぞれのホームに降りた。  外は寒風が痛くて、マフラーに顔を(うず)める。  何だかとてつもなく、中途半端な気分だった。

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