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おまけ

 すべてを洗い流すような雨が降っていた。  国王が病に倒れ、そのまま亡くなった。愛された国王の死に国中が悲しみ、空まで悲しみの涙を流しているようだった。  屋根をポツポツと雨が打つ音が聞こえていた。今は城の中にある休憩室で、国王を見送るための礼服に袖を通していた。黒を基調としたその服は、国の長が亡くなった時にのみ着る服で、初めて着る服だった。  国王が元気だったのは数ヶ月前。病で倒れてからも仕事を優先し、身体に無理が重なった結果が今だった。戦争のない平和な世を目指した国王のお陰で血の流れない世だった。 「用意できたか」  自身の父親が扉から入ってくる。ぴしりと着られた同じデザインの服は真新しい。 「これは……」  生まれてこの方ネクタイなんて付けたことがなく、それを持って父親に聞くとしゅる、と手からネクタイが抜かれた。  首に回り、胸の前でネクタイが結ばれていく。 「なるべく泣かないようにな……お前より辛い人はたくさんいるんだから」  父親が小さな声でそう言った。その言葉に小さな背中を思い出す。国王が倒れてから、国の仕事をこなしていた小さな背中。 「わかってる……」  国王が亡くなってから彼の姿は数えるほどしか見ていない。国王の葬儀にあたってやるべき事に追われているのかもしれない。  背中をポンポンと叩かれて、部屋を出た。    ポツポツと雨が降る中、傘を差さず街の真ん中にある広場まで歩く。国王の入った棺がその広場で国民と別れの会を執り行うのを見守るのが城に仕える傭兵の今日唯一の仕事だった。  街も静かになっていて、店も何一つ開いてない。 「お前はここで揉め事がないかだけ見てればいい」  父親はそう言って広場へと向かっていく。広場から少し離れたところで広場を見ると、人の列があり、みな俯き涙を拭っていた。  国王の事を説明するときに皆が二言目には、国民の事を一番に考えてくれている、と答えるくらい、国王は皆が幸せになれるように尽力していた。小さくても幸せな国というのが他国での評価だった。  イヴァンの父親ということで、小さい頃は国王だと知らずいろいろ失礼な事をしたと思うが、国王は怒ることもせず、一緒に遊んでくれていた。それは城の中に限られていたことだったが、とてもいい思い出として胸の中に残っている。  イヴァンは元気でやっているだろうか。国王が亡くなる前も部屋に篭り、国の仕事をしていたと聞いていた。   「……父様が亡くなった」  小さな声でイヴァンはそう呟いた。 「これが夢ならいいのに、って寝ようとしても寝れないんだ」  震える手で、自身の目を覆うイヴァン。  葬儀が執り行われ数日が経った。イヴァンの目の下にはくっきりとクマが刻まれており、もう何日もまともに寝れていないのがわかる。 「イヴァン様……お体に障ります」  こんな時、自分と彼の身分の差を恨めしく思ってしまう。友達ならば、頭を撫で、大丈夫だと抱きしめる事もできるだろう。兄、兄弟なら、共に頑張ろうと一緒に涙を流せる。  でも、どちらもできない。所詮は長い仲と言えど、この家に雇われた身と、次期国王のイヴァン。身分が違いすぎる。 「俺が国王なんて、務まるわけがない……」  父親が亡くなった、というのは同時に国王の座が空き、一人息子のイヴァンが継ぐということだ。  小さい国なれど、国民はそれなりにいて、平和だと言えど、小さな問題はある。その責任をこの小さな背中で背負っていかなければならない。  自分がイヴァンの立場ならば、逃げ出して、遠い国に姿を晦ますかもしれない。まだ遊びたい盛り、成人もしてない歳なのに、責任ばかりがのしかかっている。  ふとイヴァンの身体を見ると、この数日寝てないのと、食事もまともに取っていないのか、服から覗く腕や首筋が国王が生きていた時より細くなっている気がした。 「俺が、護ります……」  痛々しい程痩せ細ったイヴァン。 「貴方が苦しい時も、辛い時も俺がそばにいます」  イヴァンの瞳と視線が合った。  暗い瞳はびっくりしたように大きく開いた。 「だから、泣きたい時は泣いてください」  ボロボロと自分の瞳から涙がこぼれるのがわかる。  国王が亡くなった時も唇を噛みしめ、涙をこぼさなかった。病気に伏せている国王をみているときも。  国王が亡くなり、これから訪れる未知の世界に恐怖を抱かない訳がないのに。 「……なんでお前が泣いてるんだよ」  小さな声が聞こえた。  少しだけ震えているような気がして、イヴァンの顔を見る。 「俺より辛い人は沢山いるんだ。俺は泣けない」  弱々しい笑顔を浮かべてそう言う。  泣いているよりも、ずっと悲しい笑顔だった。

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