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「ちがわないだろ? ここ絞められただけでおっ勃たせる変態の癖に、逃げようとかしてんじゃねぇよ」 「……ぃっ!」  咽の辺りを掴まれただけで大袈裟なほどに身体が跳ねた。 「来いよ」  そんな歩樹に舌打ちすると、一旦離れた楓が手首を掴んでグイッと引きよせる。 「痣になるな」  そのまま彼の寝室へ入り、ベッドに押し倒されたと同時にまた咽元へと触れてくるから、無意識の内に身体が強張る。 「そんなに怖い? ビクビクすんなよ。兄さんらしくもない」 (暴力で、気力を剥いだのはお前だろう)  そう思った歩樹だが、言葉は喉に貼りついてしまい空気を揺らすことは無かった。痛みを伴う暴行も、意志とは関係なく快楽へと堕とされ続けるセックスも、どちらも今の歩樹にとっては一方的な暴力でしかない。  更には命の危機に晒され、どんなに毅然と自分を保つ努力をしても、今はもう、無駄な足掻きにしかならなかった。 「俺らしいって……なんだよ」  以前も同じ言葉を告げられ言い返すことが出来なかったが、今度はきちんと声にする。  強く有りたいと思っていたし、実際、自分は強いと思っていた。けれどこの一ヶ月程で築き上げてきたプライドは崩れ、自分さえも知らなかった己の(もろ)さを突きつけられた。 「俺は……そんなに強くない。お前は、殺したいほど俺が憎いのか?」  結論としてはそうだろう。僅かでも、兄弟に戻るつもりがあるなら、こんなこと出来やしない筈だ。 「そんなこと、言ってないだろ」  帰ってきたのは予想に反して静かな声。逸らしていた目を真上に向けると端正な顔が瞳に映り、強い視線に竦んだ歩樹はまた顔を横に背けてしまった。 「お前が……怖い」  平常ならば絶対に出さない言葉が自然に滑り出て、コクリと唾を飲み込む音が頭上から聞こえてくる。そして。 「……っ!」 「動くな」  楓が突然動いたから、殴られるのかと身構えるが、彼の言葉に縫い止められてシーツをギュッと指で掴んだ。

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