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「んぅっ」
さらに唇を口で塞がれ、呼吸が上手くできなくなる。目前に白く靄 がかかり、身体がビクビクと痙攣した。
「うっ……んぅっ!」
「……ック!」
〝殺される〟という言葉が現実的に脳裏を掠める。思考よりも本能がそれを歩樹の身体に伝達し、気づいた時には自然に脚が楓の腹を蹴っていた。
「……ってぇ」
尻餅をついた楓と視線が絡み合ったその瞬間、息も整わない状態で頭がガンガンと痛んだけれど、そんなことよりも彼が怖くて歩樹は素早く立ち上がり、玄関へと走り出す。
(これは……殺人未遂だ)
そんなことを考えている余裕なんてない筈なのに、頭の中は妙にクリアになっている……と思ったけれど、この時歩樹は気づかないだけで常に無いほど混乱していた。だから――。
「そんな格好でどこ行く気だよ」
「っ!」
足が縺 れて上手く走れずに、すぐに捕われ引き戻される。
「離せ!」
腕を掴む手を引き剥がそうと足を踏ん張り身体をよじるが、思った以上に力が入らず絶望的な気持ちになった。
「パジャマで……ココ、こんなにして、知り合いにでも見られたら、兄さん外歩けなくなるよ」
「な……あっ、ちがっ……」
背後からきつく抱き締められ、伸びた掌がズボンの上から股間へ触れてきた刹那、自分の身体の変化に気づいて絶望は更に深くなる。
生命の危機を感じると、自然に勃起するなんて話は知識に入っているけれど、身を以って体験する機会など要らなかった。
「怖かった?」
「……っ!」
耳元に低い声が響き、ズボンの中へと侵入してきた掌が直 にペニスを掴む。
「震えてる。殺されるかと思った?」
「……ぅっ」
急所をゆるゆる扱かれながら、もう片方の指に喉を軽く撫でられて……ビクリと身体を震わせると、ククッと笑う音がした。
「殺さねーよ」
「っ!」
嘲るような声で告げられ耳朶を舌で嬲られる。どこか苛々しているような気配を肌で感じた歩樹は、悔しいけれど動きを止めて彼の行為を受け入れた。
(早く、終わればいい)
逆らって更に怒らせるよりも、その方が得策だ。
「抵抗止めたら早く終るとか思ってるだろ? バレバレなんだよ」
「違う」
いつもなら、そう簡単に悟られたりはしないのに、短絡的になってしまった自分の思考が情けない。
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