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「食えよ」
「いや、今は腹減ってないから」
「いいから食え」
部屋へ戻ったら折檻されるに違いないと覚悟をしていた。だから、着替えをしたあと呼ばれて入ったリビングで、テーブルに乗った粥を見た時、歩樹は驚き固まった。
「……分かった」
逆らうのも面倒だから一口だけ匙を運ぶが、途端に胃がキリキリと痛んで吐き気が込み上げてくる。
「兄さん、俺と居るのがそんなに嫌?」
「……」
唐突に降ってきた質問には答えることが出来なかった。嫌とは違うような気がするし、嫌だと言えばきっと逆鱗に触れるだろう。
(疲れた)
張り詰め、やり場の無い感情を溜め込むだけの毎日に。
終わりが見えない迷路の中を、ひたすら歩く状況に。
「なんでお前は……俺を抱けるんだ」
ポロリと口から疑問が零れ、それが呼び水になったように抑え切れない言葉たちが次から次へと溢れだす。
「あんなに嫌悪してたのに、男同士は汚いって、お前言ってたじゃないか。母さんがしたこと、知ってて止められなかったのは悪かった。だけど、ここまでされるような事か?」
静かな口調で問い掛けながらも感情の昂りからかレンゲを持つ手が細かく震え、そこから何かを感じ取ったのか楓がコクリと唾を飲んだ。
「さっきの……貴司って奴だろ? コソコソ会って俺から逃げる相談でもしてた?それとも……」
「彼には偶然会っただけだ。そんなの、今の話には関係ない」
どうしていつも話をすり替え違う方向へ持って行くのか? もどかしさに顔を上げると、睨むようにこちらを見据える双眸と視線が絡んだ。
「関係はある。兄さん……アイツのこと、好きなんだろ? アイツのところに行きたいんだろ?」
「だから、そういう関係じゃないって何度言えば分かるんだ」
「……煩い」
「いっ! かえで……」
低く唸るような声。なにかが首へと触れた途端、強い力で締めつけられ、気道を圧迫された喉からヒュッと掠れた音が出る。
「兄さんが悪いんだ。兄さんのせいで、俺は……」
楓が何を言っているのか耳を傾ける余裕もなく、首に掛けられた手を剥がそうと手首へと爪を立てるけど、ギリギリと強く食い込んできて力ではまるで敵わない。
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