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第3話
いつも通り、低音の声で言葉を発すると暫しの沈黙が流れ、子機の向こう側から微かにバタバタと慌てた様な音が聞こえてからぷつりと音が急に途絶える。すると、ゆっくりと開かれたドアの向こうからひょっこりと顔を覗かせてきた。鷹野が長身という事もあり、ゆるりと若者は見上げてくる。向けられる瞳は赤みを帯びていて肌は普通より白い。ふわりとした黒髪は少し無造作に伸びていて、その顔は若い上にまだ幼さが残っていた。それに、最初に声を聞かなければ女性と言われてもそれに近しい物を感じる程どちらとも言えない顔立ちだ。赤い瞳はアルビノと呼ばれ、先天性の遺伝子疾患と聞いた事があった。体中が透明になるという病気だ。その所為で体毛と言う体毛と肌は白く、瞳の色も透明化する為血液の赤が写り赤い瞳に見えるんだとか。見た所睫毛は白いが髪と眉毛だけは不自然に黒い。恐らく染めているのだろう。
そして、その赤の目が数回瞬かれた。
「…鷹野…サン?」
「あぁ、鷹野だ」
まるで物珍しい何かを見るような目でまじまじと見詰めてくる。その様子に鷹野は頭上に疑問符を浮かべながら緩く首を傾けた。そして漸く目の前に居る若者の唇が開かれる。
「足立。俺は足立…デス。ごめんね、随分長い間あんまりちゃんと人と話した事がなくて…その、人見知りで…」
そう言うと足立は視線を下へと向けて逸らした。伏し目がちなそれから伸びる長めの白い睫毛がゆったりと揺れるのを見遣れば今度は鷹野が口を開き紙袋をずい、と差し出す。
「だろうなとは。コレ、手土産で持って来た菓子の詰め合わせだ。良かったら食ってくれ」
その言葉を聞くなり視線が紙袋に釘付けになる様に向けられドアを更に開いて両の手が伸びて来た。そして自分より幾分も小さな手に持ち手からゆるりと渡してやる。途端に足立は伸ばした手を引き寄せて紙袋を抱き締めながら至極嬉しそうに笑顔を向けて来た。
「ありがと、鷹野サンっ。俺、お菓子大好きなんだ」
「そうか、そいつは良かった」
そこまで喜んでくれるなら菓子の詰め合わせを選んで良かったという気持ちを内心に秘めつつ自然と穏やかに鷹野の目が細められる。それを見て足立ははにかみながら鷹野の片手を掬い取り引っ張ってきた。
「鷹野サン、良かったらウチに上がってってよ。一緒にお菓子食べよ?」
その様子を見遣れば突然まるで子供のように懐いているという印象を次いで受ける。菓子をやるだけでこうも態度が変わるものかと違和感すら感じたが、鷹野は少し考えた後ゆっくりと頷いた。
「なら、少し上がらせて貰う」
「ホント?やった!」
その言葉を聞くなり再び嬉しそうに笑みを浮かべながら先程より強い力でぐいぐいと鷹野の手を引っ張ってくる。その力に身を任せて歩を進ませればドアを潜って玄関へと入る。足立は既に床に上がりながら尚も遊びをせがむ子供のように手を引っ張り、鷹野は「お邪魔します」と一言添えてクロックスから足を抜き床へと上がり込んだ。引かれるがまま室内へと歩みを進ませれば不意に黒い影が足元を走り抜ける。だが鷹野は動じずその影を視線で追い掛けた。その影の主は見事なまでに艶がある程黒い猫だったのだ。足立はその猫に話し掛ける。
「大丈夫だよ、あずき。この人、鷹野サンは凄く優しい人だから」
その言葉を耳に入れれば菓子の詰め合わせを差し出しただけで足立の中の鷹野は凄く良い人という印象となったのを伺えた。実際悪い人でもないのだが、自分でそうは思っていない為、心無しか少しの罪悪感さえ生まれる。まるで小さな子供を菓子で釣り、騙した様なそんな感覚だった。そうこう考えてる内にあずきと呼ばれる猫が少しずつ足立の足元に近寄って来る。足立がその場にしゃがみ込み空いた手であずきの頭頂を指先で掻く様に撫でれば一声鳴き声を上げた。同じ空気に居る事に少し慣れてきたのか、足立の言葉が伝わっているのか定かでは無いが、そろりそろりと鷹野の足元にも寄って来る。ゆっくりと巨躯をしゃがませれば、鷹野も同じ様に節くれだつ指で頭頂を撫でてやる。すると、また一声あずきは鳴いた。
「へぇ、凄いね鷹野サン。あずきって俺意外の人にあんまり懐かないんだよ?こんなに早く懐く事なんて無いから驚いちゃった」
そう告げてくる足立の言葉を鷹野は内心嬉しく思っていた。子供や動物に懐かれるのは正直嫌いではないからだ。一頻り頭や背中を撫でてやるとごろりと黒い体を倒し腹部を晒してくる。この行為には本当に懐いていると鷹野にも分かった。そっと柔らかな腹部に触れて撫で回すとあずきがごろごろと喉を鳴らし始める。
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