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第4話

「本当に、凄いね。やっぱり動物にはわかっちゃうのかな?鷹野サンはいい人だって」 会って間も無いというのに余程足立も鷹野に懐いているのか「いい人」というイメージが強く貼りつけられた。そう思われるのはやはり鷹野も悪い気はしなかったが、どうも擽ったくて言葉が出て来ない。すると、足立が再び手を掴み立ち上がってはそれを引っ張りソファへ座るように促す。その手に引かれて立ち上がれば促されるままゆっくりと腰をソファに落ち着けた。 「あ、座ってて。お茶でいいよね?」 「あぁ、構わねぇよ。寧ろ部屋に上がらせて貰った上に茶まで貰っちまって悪ぃな」 そう告げると足立はソファの前のテーブルに紙袋の中身を置きキッチンへと歩を進ませて行き、鷹野は言葉を吐いた通りに少し生まれる申し訳無さで軽く頬を掻く。暫くすると、漫画かアニメのキャラクターが描かれたマグカップを二つ持って戻る足立が笑いを含ませた声色で言葉を向けて来た。 「気にしないでよ。誘ったのは俺だし」 ね、と首を傾けながら笑みを向けつつマグカップを片方差し出して来たので、鷹野はそれを受け取り「頂きます」とまた一言添えて一口呷る。足立は両手で包むようにカップを持ちながらその隣に座り、あずきがソファに上がり込んでは二人の間にちょこんと座り寝てしまう。足立とあずきは余程鷹野に対して気を許したのだろう、身も心も距離が既にぐんと縮まっているように伺えた。足立がカップをテーブルに置けばそっと包まれた箱を手に取る。 「ありがと。いただきます」 「何だ、ちゃんと出来るじゃねぇか」 そこに礼儀を感じれば自然と言葉が出た。それに対して足立は先程の様にはにかむ表情を浮かべながら箱を包む包装紙を剥がしていき、それを綺麗に畳んでから立ち上がりゴミ箱へと捨ててから再び同じ位置に戻って来る。箱の蓋を開ければ思わず足立は感嘆の声を上げた。 「うわぁ!凄い!色々入ってるっ。しかも何だか高そう…」 「洋菓子ばかりだが、割りと美味いって聞いたんで適当に人気な物を詰めてもらった。遠慮なく食えよ」 そう告げながらカップをテーブルに置くとふと先程からあずきに視線を取られ気付かなかった景色に視線を遣る。リビングの端に堂々とデスクが置かれており周りにはフィギュアが並べられていてパソコンが備えられているのだが、画面に映るそれは漫画が描かれる途中の物だ。そういう類いの物に疎い鷹野はただただその絵が上手いという認識でしか頭に取り入れられない。菓子に夢中な足立を横目に口下手な為、話題を探すのが苦手な鷹野は思わずその事について触れる。 「漫画、描いてんのな」 「え?あ、あー…スリープモードにするの忘れてた。うん、俺これでも漫画家だから。月刊誌でアクション物の漫画描いてるの」 「ほぉ、すげぇじゃん」 足立は慌てて立ち上がり、パソコンへと小走りで向かってスリープモードに切り替えると足早に戻って来た。鷹野は思わず関心していた。漫画家が近くに居るというのは何とも言えない優越感さえ湧き上がる感覚である。凄い、先程口にしたその一言に尽きる。話を聞けば足立はデビュー作から割りと売れていて、短編やコミックも出しているプロの漫画家だという。鷹野がいくらどの月刊誌か、タイトルは何か、作家名は何かを聞いても足立は頑なに教えてくれなかった。リアルで知る人でそれらを認知されているのは家族ぐらいだという。どうして教えてくれないのかを鷹野が聞くと、目の前で読まれたり自分が描いた漫画を読んだという認識がある相手が目の前に居るのは恥ずかしいという理由だった。そして次いで会話の方向を変える様に足立から質問の言葉が飛んでくる。 「鷹野サンは?鷹野サンは何してる人なの」 「オレは消防士やってる」 「へぇ、消防士!カッコイイね。消防士の知り合いなんて初めてだよ」 心無しか足立の瞳が輝いていて、それは憧れの眼差しとも取れるそれを鷹野に向けられていた。そんな足立に消防士の仕事はそんなに偉い仕事でも凄い仕事でもないと告げると、マドレーヌを一口齧りながら人の命を助ける仕事は凄いと再び輝く眼差しを向けてくる。小さな子供のような信じて止まないその正義心には少しばかり恥ずかしさや照れ臭さすら湧き上がるが、それは心の内に秘めておく事にした。そしてふと、疑問に思った事を鷹野は口にする。 「何で漫画家になろうと思ったんだ」 「んー…いつかね、漫画を読んで心が救われた時があったんだ。俺もそんな風に誰かの心を救えたらな、とか、誰かの心に残ったらって思ったら……いつの間にか目指してた」 先程とは違う真摯な表情をしながらちゃんと問い掛けに答える足立の横顔を鷹野は見つめた。その表情はしっかりとしていて大人びて見える。

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