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田中フルハウス
とある風俗店。
不景気のせいか、節電のせいか、なんなのか分からないけど、…閑古鳥が鳴いている。
東雲暁(しののめあかつき)は客の気配がしないカウンターで暇つぶしに掃除をしていた。
余りある暇な時間のせいでカウンターも床もピカピカ。
カウンターは彼の顔が映るくらいに磨き上げられている。
黒縁メガネに黒い髪。
風俗店のボーイにしたら地味過ぎるスタイル。
あんまり目立ちたくない彼には丁度良い。
「暇っスね。今日もラストまで客来ないんですかね?」
金髪頭のボーイがカウンターに顔を出す。
「掃除する場所、もうないですよ」
金髪頭のボーイと同じ顔をしたボーイもすぐ後ろから顔を出す。
彼らは一卵性の双子の兄弟で、金髪頭が弟の幸太で、後ろに居る茶髪頭が兄の健太。
同じ顔だから髪の色で区別している。
「照哉さんは?」
東雲が聞くと、
「昨日、じじいが壊したパソコンを直してます」
と幸太が答えた。
「じじいとか言うなよ、年上なんだから」
「じじいはジジイです!それに一時間、俺が先輩なんですよ、この業界じゃ一時間でも先輩なら目上だろうと関係ないんです!」
幸太はちょっと威張ったよう言う。
「で、その英雄氏は?」
「トイレ掃除させてます」
「あくまでも上から目線なんだな」
東雲はそう言って、また掃除を再開する。
「それにしても店長、いつ具合良くなるんでしょうか?」
健太が聞く。
「俺が知りたい!」
間伐材入れずに会話に入ってきたのは恰幅の良い中年男。
「田中部長」
東雲達の声がそろう。
「相変わらず客来ない店だなあ」
そう言うと田中部長は額の汗をハンカチで拭う。
なんで、毎回、この人はこんなに汗をかけるのだろうか?
3人は声に出さずにそう思っている。
「一週間、閑古鳥状態ですね。」
東雲がそう答えると、田中部長が笑顔になり、
「良い話があるぞ、東雲!」
東雲の肩に手を置く。
さわんなデブ。
なんて、心で罵倒しても彼は爽やかな笑顔で返事を返す。
「どうかしました?」
「よく聞け東雲、店長が飛んだ」
田中部長は笑顔だ。
「は?」
この業界で飛ぶは逃げるを意味する。
「だから東雲、お前今日から店長な」
「はあ?」
このデブは汗と一緒に脳みそまで流れだしたに違いないと東雲は思った。
「部長、俺まだ21ですよ。こんな風俗店の…しかもすぐに潰れそうな、絶対に嫌です!」
「年齢は関係ない。私だって店長したのは24とかだったし」
「3つも上じゃないですか!絶対に嫌です!それに俺より照哉さんの方が先輩ですよ、順番で行くなら照哉さんが店長でしょうよ?」
必死に断る文句を並べる東雲に、田中部長は…
「照哉は接客ダメだろう!あの機械マニア。機械に強いから雇ってんだよ!東雲は接客上手いし、スタッフにも人気あるし、何より女の子に人気あるからさ~。店長は東雲に決定な。」
話を全く聞かない田中部長に東雲が掴みかかろうとした腕を誰が掴んだ。
「どうも~田中部長。機械オタクの照哉でーす」
と長身でセミロングの髪を後ろで束ねたボーイ姿の照哉が居た。
「お、照哉久しぶりだなあ。あ、今度家電の話聞かせてくれよ」
「部長、東雲を店長にするんですか?」
ニコッと笑う照哉。
「おう。照哉は反対か?」
反対してくれ~と東雲は願う。
「大賛成」
「はあ?」
不満そうに照哉を見る東雲に照哉はニコッと笑う。
「前の田中店長より東雲が良い。東雲は嫌か?」
嫌に決まってんだろーがーと叫びたかったが、
照哉には逆らえない。仕方なく、頷く。
「で、ボーイが1人居なくなるわけだから、来週新人入れるからな」
と話が速攻で入れ替わった。
「新人来るんですか?いくつですか?」
幸太と健太が嬉しそうに聞く。後輩が出来る=パシりが増える喜び。
「二十歳」
「俺らとタメだ」
また嬉しそうに笑う。
「名前は?」
「シンジ」
「名字は?」
田中店長はその質問に苦笑いをする。
東雲はピンッときたのか、「また田中ですか?」
と聞いた。
「また田中だ」
「またですか?ちょっと勘弁して下さいよ。なんで田中ばかり雇うんですか?名字違う俺だけ空気読めてないみたいじゃないですか?」
「仕方ないだろ?たまたま、田中だったんだから」
「絶対に故意でしょ?この店、俺以外全員が田中なんですよ」
そう、ここのスタッフは東雲以外の名字が田中だった。
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