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第1話

 20XX年 突然、女児が生まれなくなった。  人類は男のみとなり、滅亡の一途を辿るかに見えたが、男の中に出産可能な個体が出現した。  これが、「Ω(オメガ)」である。  やがて世界は、今までの男女に代わり、出産可能な少数の「Ω(オメガ)」、生まれながらにして優秀なエリートの「α(アルファ)」、圧倒的大多数の平凡な「β(ベータ)」の3つの性が支配することとなった。  ほぼ1:1で均衡が取れていた男女の時代と違って、Ωの数は極端に少ない。  遺伝子を残すという生物の本能に従い、世界中で「Ω狩り」と呼ばれるΩの奪い合いが始まった。  秩序は乱れ、少しでもΩと疑われる者は、その意思と関係なしに拉致され、あるいは強姦されて孕まされる。  そんな暗黒時代が到来したのである。      ■ □ ■  ユウリは、飲食店の連なる裏通りのゴミステーションの中に身を潜めた。  樹脂製の上下に開閉するタイプのボックスの中は、2、3個ゴミ袋があるのみで十分な隙間がある。  ユウリは体育座りになり、自分の膝に顔をうずめた。  暗闇の中、深呼吸を繰り返すが、荒い息はなかなか静まらない。心臓もドクドクと凄まじい勢いで拍動している。  すぐ隣のゴミ袋からツーンと鼻を刺すような刺激臭が漂ってきた。不快なはずのそれに安堵する。  この強烈さなら、きっと自分の匂いをマスキングしてくれるに違いない。  今日は、発情期の二日目。最も、匂いがキツイ時。  自分ではわからないが、遠くの雄をも引き寄せる強烈な雌の匂いを発しているらしい。 「いたか?」 「この辺りに逃げ込んだはずだが」 「極上のΩだった。売り飛ばしたら億はくだらない。絶対に逃がすんじゃないぞっ!」 「あっちの横道の方じゃないか?」 「向こうとこっちで挟み撃ちだ」  4、5人の声が聞こえる。ユウリは両手でギュッとズボンを握りしめ、息を殺した。  早く、向うにいけ。何度も心の中で繰り返す。  こんな奴らに狩られる訳にはいかない。こいつらの子どもを孕むなんて絶対イヤだ。    全身に力が入り、ブルブルと膝が震える。  恐怖に飲み込まれている自分が情けなくて泣きたい気持ちになる。    いつから、こんなに弱虫になってしまったのだろう?  昔は怖いものなんて何もなくて、自信に満ち溢れていたのに。  実際には2、3分だったのだろうが、気が遠くなる時間の後、男達の足音が遠ざかった。     ユウリは、ふうと息を吐いた。ようやく、体の力が抜ける。  男達は、全員βだったようだ。もし、αが一人でも混じっていたのなら見つけ出されたはず。  αはΩの匂いに敏感だ。  優秀なαであればあるほど、Ωに対する探知能力は高い。  突然、ギィーと低い音と同時に、暗闇だった世界が光に照らされた。  眩しい光に咄嗟に手をかざして、目を眇める。  誰かが、ボックスの蓋を開け、懐中電灯で照らしている。  光が強すぎて相手の顔が見えないが、ユウリにはすぐにわかった。  その体から、懐かしい匂いが漂っていたから。  死ぬほど、会いたかった。  だけど、死んでも会いたくなかった。必死の思いで避けていた人物。 「ユウリ、みっけ」  光が弱められたおかげで、しっかりと視認できる。 「コータ……」  Ω狩りから守ってみせる。大人になったら番(つがい)になろうと、幼き頃に誓った。  自分がαで、幼馴染みがΩだと疑いもしなかった遠い日々。  チクリと胸に痛みが走る。  まさか、こんなことになるとは、思いもしなかった。  こんな将来は予想していなかった。  自分がΩ狩りに怯えて暮らすなどとは。  ふわふわの綿菓子のように可憐だった幼馴染みは、百獣の王のような美しく逞しい雄へと成長していた。  その彼から漂う、懐かしいだけでなく、自分を惹きつける成熟したαの匂いに、ユウリは無意識に背筋を震わせた。

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