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第2話
「さあ、僕と帰ろう」
目の前の男は、そう言って手を差し出した。
映画の1シーンのような洗練された優雅な動作。
その手入れの行き届いた指先に釘付けになる。
雄の中の雄は、こんなところまで美しい。
これだけで、現在、彼がどのような地位にいるのか推し量ることが出来る。
自分の背中を子犬のように追いかけてきた、かつての幼馴染みの面影はそこにはない。
αとして、この国を引っ張っていく未来ある男と、Ω狩りに怯えて生ゴミの横で身を震わせる自分。
鼻の奥がツーンとして視界がぼやける。
とんでもなく、惨めだった。
できることなら、何でもできる優秀な姿のまま、記憶に留めていて欲しかった。
彼の中で、いつまでもキラキラと輝き続けたかった。
ユウリは、俯いて肘で顔を隠した。
こんな自分を見られたくない。
だからあの時、彼の前から姿を消したのだ。
男は、一歩、前に進み出た。
「ユウリ、会いたかった。僕がどれだけ探したかわかる?」
甘みを含んだ口調。
視線をあげると、顔全体をクシャリとさせて嬉しそうに笑っていた。
昔と同じ笑顔。
せつなさに、胸がキュンと締め付けられる。
大好きだった。この笑顔を守りたいと思っていた。
思わず、彼の手を取るために身を起こすと、彼は瞠目し顔を背けた。
そして、「……この匂い……、本当にΩだ。うわ、やばい」と小さく呟いた。
その頬は上気し、目は潤んでいる。
Ω、Ω、Ω……
それは、覚醒して以来、自分を表す言葉だ。
『あのΩが……』
『おい、そこのΩ……』
ユウリという名前で呼ばれることはなかった。
胃がキリキリと痛み、中のものがせり上がってる。
彼の前では、Ωではなく、ユウリという一人の人間でいたかった。
それなのに、彼もΩという属性でしかユウリを見ていないのだ。Ω狩りに加わる男たちと同じように。
ユウリは、伸ばしかけた指を握りしめた。
「だ、誰が、お前と行くかよっ!」
吐き捨てるように言い、パシンと手をはたき落とす。
ゴミステーションから飛び出ると、脇をすり抜けて一目散に走った。
はっ、はっ、はっと、息を荒げながら暗闇のビル街を全力疾走する。
道を行く人の視線を感じる。
狩りの標的になる恐怖が頭をよぎるが、今はそれどころじゃない。
コータから逃げきること以外は考えられない。
足には自信があった。インターハイで優勝したこともある。
思いっきり走っているのに、差は一向に広がらない。
それどころか、すぐ後ろまで気配が迫る。
追いつかれるっ!
ユウリは無意識に、交差点に飛び出した。
パァーーーーー
大きなクラクションと共に、目の前にトラックが迫る。
咄嗟に目を閉じて、しゃがみこんだ。
「うわっ」
体に衝撃はなかった。
逞しい腕に抱きかかえられている。
「ばかっ! そんなに僕が嫌いなのかよ……」
頭の上で声がする。
抗うことのできない強烈な匂いに包まれる。理性を失わせる香り。
目が回り、グワン、グワンと景色が歪む。
「あの時と同じように、また僕を拒むの? 今度は、逃がしてあげないよ……」
クラクラとした酩酊感に、立ち上がることも振りほどくことも出来ず、ユウリはそのまま意識を手放した。
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