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最終話_第17話

 もっと詳しい状況が知りたくて、公式な記録や当時の記事を調べてみたが、情報を得ることは出来なかった。  警察に問い合わせをしても、そんな事件はないとの一点張り。  何者かの手によって巧妙に隠蔽されている。  そう、感じ始めた時だった。  ヨイチからリーシーについての情報を入手したと連絡が入った。 「妊娠中にΩ狩りによって引き離されたってヤクマは言っていたけど」  ヨイチの家のソファーに座りながら、コータは口を開いた。  メイは子どもたちと出掛けていて留守だった。  あれから3日。ユウリからは何の連絡もなく、ヤクマも消息を絶ったままだ。  報道規制がなされているのか、乗っ取りも含めて今回の一連の騒動はニュースにはなっていない。  しかし、それもそろそろ限界だろう。  さすがに、コータも焦り始めていた。 「その通りだ。Ω狩りということになっているが、正確にはヤクマ家の運転手に拉致された。そのまま行方不明で見つかっていない」  状況があまりにも重なり合う。  もしやと心臓が早鐘を打つ。震える声で問う。 「それって、いつ頃の話?」 「28年前。ヤクマ家はもともと近親婚の家系で他所の血を極端に嫌う。そうすることで無用な争いを防止し同族経営を死守してきた。ヤクマも、一族のΩを番にするのは決まっていた。そこに、どこの馬の骨かもわからないリーシーが現れ、一族の反対を押し切る形で番に収まってしまった」 「それじゃ、リーシーの拉致は?」 「一族の関与が疑われる」 「そんな……」 「リーシーの拉致から3年後の25年前、3歳くらいの幼児が保護された。ヤクマは自分の子どもの可能性が高いから引き取ると主張したが、リーシーの妊娠は公式に発表されていなかった事、そしてなによりリーシー自身が姿を消していることを理由に引き取りは認められなかった」 「そんなの、DNA鑑定すればはっきりするんじゃないの!?」 「その通りだ。DNA鑑定の準備中に幼児は姿を消した。一族が手をまわしたんだろう」 「それが、ユウリってこと?」 「おそらく」  ヤクマが悪いわけじゃない。  わかっているのに、やりきれない思いがするのは何故だろう?  一族の反対を押し切ってリーシーを手に入れたのなら、どんな手段を使っても守り切らなきゃいけない。  自分なら……そこまで考えたところで、5年前の出来事が思い出される。  偉そうにヤクマの事を責められない。自分だってユウリを守り切れなかった。 「監禁場所はわかる?」 「えっと、確か報告書に記録が……あ、これだ」 「そこにユウリがいる」 「へ? 本当に? 根拠は?」  なんの根拠もなかった。  だけど、確信していた。間違いない。  ユウリがヤクマを連れて行くならば、その監禁場所だ。  ユウリにとっての出発点。  ユウリの気持ちが流れ込んでくる。  あんなに謎だらけで振り回されてばかりだったユウリの行動が、するすると理解できる。  全て繋がった。  ユウリを支配しているのはヤクマへの憎しみだ。  復讐心だ。 『ユウリ……早まった真似をしないといいが……』  先般のヨイチの言葉が甦る。  ――ユウリ、無事でいて  コータは、何度も何度も胸の中で祈った。      ■  □  ■  報告書に記載された監禁場所は、森林に囲まれた平屋建ての一軒家だった。  ヨイチが建物から少し離れた空き地に車を停めると同時に、コータは助手席から転がるように飛び降りた。  ヨイチとともに、物音をたてないように気を付けながら建物に向かう。  玄関は引き戸でできていて、カギはかかっていなかった。  そろりそろりと、奥に向かう。  そのうちの一室から人の気配がした。そっと襖を開けて中を覗き見る。 「ユウリ!」  応接間の古ぼけたソファーにユウリは座っていた。  コータの声に、正気に返ったようで、魂が抜けたように空に漂わせていた視線がコータに注がれる。 「コータ? どうしてここに……そうか、すべて知ってしまったんだね」  投げやりな口調でユウリは呟いた。 「ヤクマは?」 「地下の監禁部屋」  後ろを振り返ると、ヨイチが頷いてその場を去った。ヤクマの元に向かったのだろう。 「ユウリとリーシーが過ごしたところだね」 「当時、俺はリーシーって名前も知らなかった。誰もあの人を名前で呼ばなかったから。みんなあの人のことは『Ω』って呼んでいた」  ユウリの話は、想像したものと同じだった。  妊娠中に拉致され、監禁されたリーシーは、赤子を産み落とした。  それがユウリだった。ユウリとリーシーは、ここの地下室で3年間監禁された。 「あの人は、何人ものβの慰みものにされた。今から思うと、売り物にされていたんだろうね。同じ部屋に俺がいても、客はお構いなしに、あの人の体にむしゃぶりついていた。あれって、なんだろうね? 絶頂の時、みんな同じことを言うんだ。『このΩ、俺の子を孕め』って」  ユウリは、くくくっと低い声で笑った。  コータには、その笑い声が泣き声に聞こえた。この世で最も悲しい泣き声。 「あの人は番以外は受け付けない体になっていたから、催淫剤を打たれて常に意識が朦朧とした状態だった。時々、正気に戻る時があって、猛烈な吐き気と嫌悪感に苛まれていた。それでも、俺の髪を撫でて言うんだ。『ユウリ? トモが迎えに来る。絶対に助けにきてくれる。それまで頑張ろう』って。でも、どんなに持っても助けはやって来なかった。トモは助ける気はない裏切り者だ。これ以上待っても無駄。だから、俺が助けようと思った。それで、ある時、警察に逃げ込んだんだ。でも、遅かった。警察を連れて戻ってきたときには、致死量と思われる大量の血だまりだけが残っていた」 「いつから、その『トモ』がヤクマだってわかったの?」 「最初の1年はわからなかった。リーシーって番の代わりにされているってだけの認識だった。ある日、逃亡しようと忍び込んだ部屋でリーシーの写真を見つけ、あの人が『リーシー』って名前だってわかった。ヤクマのファーストネームが『友樹』だってことはわかっていたからすぐに結びついたよ。憎い裏切り者の『トモ』がヤクマだって」 「それで、逃亡するのはやめて復讐することにしたの?」 「ヤクマグループの力があれば簡単に見つけることが出来たはずだ。どうしても許せなかった。あの人を助けることが出来なかった癖に、あの人の名前を平気で口にするヤクマが許せなかった。番を守ることさえ出来なかったのに、番ヅラするのも許せなかった。あの人の番でなんていさせたくない。だから、『番の絆』を断ち切ってやろうと思った。俺があいつの番になることで断ち切れると思った。愛されない番の苦しみを味わわせてやるつもりだった。なのに、なぜか番になれなかった。何度も噛みつかれたけど、ムリだった。ヤクマの中のリーシーが邪魔をする。リーシーのことを愛する資格なんてとっくに無くしているくせに」  ユウリの苦しみが、胸に突き刺さる。  苦しくて、苦しくて、涙が溢れ出る。  どうして、わかってあげられなかったのだろう?  どうして、そばにいてあげられなかったのだろう?  ユウリを一人で苦しませてしまった。  一緒に、苦しんであげたかった。 「ユウリ? ユウリの気持ちはよくわかる。だけど、人の心は変えることが出来ない。ヤクマの中のリーシーへの愛情は、他人がどんなに頑張っても消すことは出来ないよ。それよりも、ユウリが幸せになることを優先させるべきじゃない? それをリーシーは望んでる」 「ううっ」  必死にこらえていたユウリの目から、涙が零れ落ちた。  次から次と、溢れ出る。 「俺だって、本当はわかっている。何度も諦めて、コータのところに戻ろうと思った。だって、俺が愛しているのはコータだけだから。コータと最高に幸せになろうと思った。ヤクマができなかった幸せな家庭を作ることがアイツへの復讐になるって考えようと思った。だけど、ダメなんだ。ヤクマへの憎しみがどうしても消えて無くならない。あの人の無念を晴らしたいって思いが消えない。勝手だと思う。コータに申し訳ないって思う。だけど、ヤクマに復讐しないと終われない。だから、ヤクマの大事にしている会社を奪おうと思った。ヤクマ一族を滅茶苦茶にしてやろうと思った」 「それで、あの日、僕の所に来たんだね」 「だけど、コータに言われて……やっぱり、ちゃんとヤクマと決着できていないことに気付いた。だけど、どうやったら決着がつくかわからない。ここでずっと考えているんだけど、わからないんだ」 「ユウリ……」  ユウリが涙で顔をぐちゃぐちゃにさせながら、嗚咽した。  そのユウリの姿を見ているだけで、コータの胸は張り裂けそうに痛む。  きっと、憎しみがあるかぎり永遠に決着はつかない。 「リーシーの行方は結局、どうなったの? 血痕だけで遺体は見つからなかったんでしょ?」  リーシーと監禁者の男は見つかっていない。  何者かの手によって、始末されたのだろうか。 「私だ。私が二人を刺殺して遺体を処分した」  ヤクマだった。  監禁部屋から救出されたヤクマがヨイチに支えられるようにして入り口に立っていた。 「やっぱり、あんたを殺しておくべきだった」  ユウリが真っ赤に充血した瞳で睨みつける。 「あの日、やっとリーシーの居所がわかったと連絡が入り駆けつけた。君が逃げ出せたのは、私たちがリーシー解放の交渉をしていて警備が手薄になっていたせいだ」  ヤクマはユウリの前のソファーに座ると、話を続けた。 「地下の監禁部屋に駆け付けた時には、リーシーは虫の息だった。隠し持っていたナイフで自分の頸動脈を切った。今まで、お前がいたから思いとどまっていたのだろう。自分が死んだ後に、君がどんな扱いを受けるかわからないからな」 「そんな……俺はあの人を助けるために抜け出したのに……それがあの人の死のきっかけになるなんて」  放心したように呟くユウリの手をコータはギュッと握りしめた。   「ユウリのせいじゃない。自分を責めたらダメだ」  ヤクマを睨み付け、言葉を続ける。 「ヤクマ、あんたどういうつもり?」 「そうだ。君のせいじゃない。私が殺したんだ。一目で、助からないとわかった。リーシーは苦しいからとどめをさして欲しいと生き絶え絶えに懇願した。私はその通りにした」 「監禁者の男は?」 「もちろん、あいつは始末させた。あいつの末路にふさわしい十分な苦しみを与えてな」 「リーシーの遺体は?」 「ちゃんと弔った」 「じゃあ、なんで? なんで、ユウリをさらったんだよっ! 一人でリーシーを弔って生きていけばいいだろっ! そうすれば、ユウリはこんなに苦しむことはなかった!」 「リーシーが最後に言ったからだ。自分はユウリの体の中に生きる……だから、あの子を探して一緒に暮らせ、自分と同じようにあの子を大事にしろと」  激高したコータはヤクマを殴っていた。 「それは、違うだろ! 番の子どもとして庇護して養育しろって意味でいったんだろ? ユウリって個の存在を無視して、自分の代用にするためじゃない! あんた、頭がおかしいよ」 「そうだ、私は狂ってる。もう、何年も、そう、リーシーがいなくなった時点で私の心は死んでいる。もう、疲れた。リーシーのところに行きたい」  そういうと、ヤクマはいつの間に手にしていたのか、小型のナイフで頸動脈を切った。 「ああっ!」 「ヤクマっ!」 「…はっ……うっ……友麗(ユウリ)、すまなかった……うっ……麗杏(リーシー)、君のところに行くのを許して欲しい」  ヤクマは血しぶきをあげながら、ソファーに倒れ掛かった。  ユウリがかけより、傷口を手の平で押さえる。   「死ぬな、死ぬな! こんな風に、簡単に死ぬなよっ! あんたは生きて償わなきゃいけない……うっ、うう、許す。あんたを許すよっ……うっ……」 「あ…りがとう……」  ユウリは、ヤクマを許すことで、ようやく決着をつけることが出来た。  そんな風に、コータは感じた。  駆けつけた救急隊の措置もむなしく、ヤクマは息を引き取った  壮絶な死に方とは裏腹に、遺体は安らかな笑顔を浮かべていた。      ■  □  ■ 「あっ、ああ、そこっ……ダメっ!」 「ここ? ここがユウリのいいところでしょ?」 「うっ、ああっ、い、いくっ」 「いいよ、いって。僕も、一緒にいくから」 「コータ、コータっ!」 「ユウリ、愛してるっ!」  コータは、肉棒をユウリに穿ち、最奥に精を放った。  その刺激に反応して、粘膜がキュッとコータを締め上げ蠕動を開始する。  部屋の中は、むせかえるような甘い匂いが充満している。    ヤクマの事件は、自殺という事で無事に落ち着いた。  ユウリはヤクマカンパニーの経営から退き、コータの会社に入社した。  現在は、右腕として一緒に仕事をしている。    コータは自身を埋めたまま、ユウリの細い体を抱きしめた。  渇ききった全身が、ユウリで満たされる。  叫び出したいほど愛おしい人が腕の中にいる。  今なら、何でもできそうな気がする。全能感に満ち溢れる。  ユウリが腕の中らからコータを見上げ、頬を両手に包んだ。  そして、チュッとついばむようなキスを落とした。 「コータ、知ってた? 俺、このコータの笑顔、大好きなんだ。この笑顔をずっと守りたいって思ってた。絶対にコータを幸せにする。だから、俺を幸せにして? この先の人生、一緒に歩いてくれる? 俺の番になってくれる?」  「もちろん、喜んでっ」て答えたいのに声が出ない。  みるみるうちに、視界がぼやける。  ――なんだ、これ?  涙の訳が分からずに、コータは戸惑った。  だが、すぐに、納得する。  そうか、幸せ過ぎると涙がでるんだ。  走馬灯のように、ユウリと過ごした今までの日々が甦る。  コータは、αはΩを守らないといけないと考えていた。  だけど、違う。  一方的に庇護するんじゃない。守り、守られる。  一緒に、助け合いながら歩んでいくんだ。  コータは、返事をする代わりに、ユウリのうなじに唇を寄せ、ゆっくりと歯をたてた。                            完

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