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第16話

「バカじゃないの!! バカ、バカ。こんなバカ、見たことがないっ!」 「こら、メイ。バカバカ言うんじゃない」  興奮してコータに殴り掛かるメイをヨイチが止めた。 「だって、折角のチャンスだったのに。やっと番になれるところだったのに。何もせずに追い返すなんて、考えられない! せめて、番になってからケンカなり、追い返すなりすれば良かったじゃん! それに帰り道でまた、Ω狩りにあったらどうするつもりだったんだよっ! ヤクマだって、あんなにユウリに執着してたんだから、大人しく諦めるはずないじゃん!」 「ちゃんと、身元のしっかりした警備をつけて、ユウリを守ってもらってるし」 「僕が言ってるのは、そんなことじゃない! バカ!」  みるみるうちに、メイの目に涙が浮かぶ。 「まったく、お前は、怒ったり泣いたり忙しいな」  ヨイチがメイの額を軽く小突いた。  口では文句を言いながらも、愛しさの滲んだ目つきで微笑んでいる。  コータは、そんな二人から目を逸した。  番のあるべき理想の姿をみているようで、今のコータには眩しすぎた。  確かに、メイの言う通りだ。  さっさと、番になればいい。そんな事はわかっている。  この5年間、死ぬほど後悔した。  だけど、今回の選択に関しては後悔していない。  自分でも、矛盾していると思う。バカだとも思う。  どうしても、ユウリの気持ちをはっきりさせないまま、前に進むことは出来なかった。  たとえ、どんな結果になっても後悔しない覚悟はできている。 「あ、電話だ……えっ?」  そこに、ヨイチのスマホが鳴った。  出版社も手掛けているヨイチには情報が集まる。 「ユウリがヤクマを連れて行方をくらましたらしい」  ちょうど、コータの元にも、ユウリにつけていた警備から、見失ったと報告が入った。  きっと、『ヤクマと決着をつけて』というコータの願いを受けての行動だろう。  だとすれば、ユウリの身に危険はないはず。 「ヤクマがユウリを連れ去ったんじゃなくて、逆なの??」  メイが、眉を顰める。 「ユウリ……早まった真似をしないといいが……」 「え?」 「会社にとって大切な時期に姿を消すなんて、あり得ない。悪い予感がする」  ヨイチがボソリと呟いた。 「ヨイチ? ヤクマの前の番のリーシーについてわかる? 興信所に調査を依頼しているんだけど、ガードが固くてなかなか情報が得られない。何でもいいから情報が欲しい」  ユウリの出した結論はちゃんと受け入れる。  だけど、このまま黙って待っているつもりはない。 「そういえば、ユウリは生まれて数年間、自分を産んだΩと過ごしたんだよね?」 「え?」 「ユウリから、ちらっと聞いたことがあったから」 「……そんなこと知らない」  人口が減少し続けるこの世界では、子どもは国家の宝だ。  出産と同時に国家が管理し、養育することは法律で決まっている。  例外措置として、番の場合のみ、家族という形態での養育が認められる。  だから、通常は生を受けると同時に親であるΩと引き離され、寮に預けられる。  コータもそうだ。  物心ついた時には、たくさんの子どもたちと寮生活を送っていた。  もちろん、その中にユウリもいた。  一緒に過ごしてきて、ユウリからそんな話は聞いたことがなかった。 「それ、本当にユウリが言ったの? 番以外で子どもを育てた例は聞いたことがないよ。しかも、Ωだけって……」 「そうだよね。詳しく聞こうとしたんだけど、すぐに誤魔化されちゃった。聞き間違いだったのかな?」  ユウリの知らない一面。  どんどん、知らないユウリが増えていく。  ユウリのことをもっと知りたい。  ユウリを理解するには、知らなくちゃいけない。  ユウリの行方を見つけても、このままでは向き合えない。  理解する必要がある。  そうじゃないと、今までの繰返しだ。 「僕は、ユウリの生い立ちから調べてみる」  コータは、ぎゅっと拳を握りしめた。      ■  □  ■  保育寮の寮監は健在だった。  もう、20年以上前だから60歳は過ぎているはずだ。  コータのことをよく覚えていてくれた。 「立派になって! 君がαだったなんて信じられない。てっきり、Ωだと思っていたよ」 「ご無沙汰しています。あの、ユウリの事、覚えています?」 「もちろん、覚えているよ。あの子は、ヤクマグループの総帥の番になったんだよね? あの子こそ、αだと思っていたのに世の中わかんない。でも、上手いことやった。さすが、頭の良い子だ。Ωとして最高の番を手に入れることができて良かった」  寮監は、穏やかな微笑みを浮かべた。  ヤクマの会社の件は、まだ知らないようだ。  ヤクマとユウリの仲を賛美する言葉に、胸がチクリと痛む。  コータは動揺を隠して、会話を続けた。 「そのユウリのことですが、保育寮に入寮する前のことってわかりますか?」  この世界では、乳児から小学校までは保育寮に、小学校から高校まではそれぞれの学校に隣接された寮で暮らす。それぞれの学校は、学力によって国が振り分ける。 「よく覚えているよ。途中から入寮した特殊ケースだったから。でも、実際のところはよくわからないんだ。戸籍も実年齢さえ、わからなくて。多分、3歳くらいだろうってことで処理されたけど」 「え?」 「監禁されている、助けてって警察に駆け込んだところを保護されたんだ。実際、証言通りの場所に監禁の形跡はあったけど、監禁されているはずのΩも監禁しているβの男も見つからなかった。確かに、そんな事件は多い。Ωを拉致しても、孕んだ時点でΩを保護施設に連れて行かないといけない。それなのに、自分のものにしておきたくて、そのまま監禁を続行しちゃうパターン。そんな場合は、証拠隠滅とばかりに、生まれた子供だけ匿名ですぐに寮に預けるものだけどね」  人口が減る一方のこの世界では、人類の繁栄のため、一人でも多くの人間を生み出すことが推奨されている。だから、Ωに対して強姦罪や監禁罪は適用されず、どんな手段を用いたとしても、孕ませることが出来れば歓迎される。  だが、その反面、妊娠中のΩや生まれた子どもは国家の宝として保護され丁重に扱われる。危害を加える恐れがあるだけで、実際に手を出していなくても極刑に処せられる。  だから、Ωは孕んだ時点で保護施設に、子どもは生まれた時点で寮に預けられる。  それを怠れば、危害を加える恐れがあるとして通常は死刑となる。 「あの子の証言によると、監禁者のβと監禁されたΩと何年も一緒に過ごしたらしい。Ωの首には歯形があったらしいから、番から無理矢理引き離されて連れてこられたんだろうね。ま、小さな子どものいう事だから、どこまでが真実かわからないけど」 「それで、どちらかは見つかったのですか?」 「見つかってないはず。妊娠中のΩと生まれてきた子どもの保護を怠った罪は、普通は死刑だから、あの子が逃げ出したことに気付いた時点で、Ωを連れて逃亡したのかもね」  寮監は、口調を変えて優しく微笑んだ。 「ここに来た当時は、そりゃ、無表情で一言も話さないし、どう接したら良いかわからなくて困ったよ。でも、そのうちに、君と親しくなって子どもらしさを取り戻した。君たちは、本当によいコンビだったよ」  そんな風に言われると、どう答えていいかわからない。  ユウリにとって、自分の存在が救いになったのなら嬉しい。  コータは、もごもごとお礼を言うと、その場を辞した。 「さらった張本人と、番から引き離されたΩとその子供……そんな生活ってどんなものだったんだろうね」  去り際に寮監のもらした何気ない言葉が、いつまでもコータの耳に残った。

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