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第15話

 ユウリは、艶やかな表情を浮かべながら一歩前に進み出た。 「力と財力を手に入れた。これからは、コータに一方的に庇護されるだけの存在じゃない」  ユウリは、コータの目をじっと見つめた。 「コータ、俺の番になって」 「コータもユウリも、よかったじゃん! おめでとう!」  すかさず、メイが歓声を上げ、コータの背中に抱き付いて大喜びした。  満面笑顔のメイとは対照的に、コータの顔は引きつっていた。  嬉しくない訳じゃない。待ち望んでいたユウリからの言葉。  だけど、モヤモヤとした感情が邪魔をして、うまく笑えない。 「邪魔者は消えるね。ごゆっくり~♪」  メイは、手早く子どもたちを集めると部屋を出て行った。  完全に二人っきりになったところで、ようやく口を開いた。 「あのさ、確認するけど、ヤクマとは番じゃなかったんだよね?」  コータは混乱していた。  状況がのみ込めない。  昨日、ユウリと会った時点ではすでに工作は終わっていた。  一緒に逃げようと迫ったときも、水面下で動いていたはず。  ユウリは素知らぬ顔をして、全くおくびにも出さなかった。  いつから乗っ取りなんて考えていたのだろう?  今まで、コータを頑なに拒否していたのは、会社を乗っ取るためだけ?   だったら、打ち明けてくれればよかった。コータだって協力できた。  もっと早く、結果を出せたはず。  ユウリがコータのもとに戻って来た。  しかも、プロポーズまでしてくれた。  本来なら、天にも昇る心地のはず。  それなのに、嬉しさより戸惑いの方が強い。  さっきまでの浮かれた気分は、すっかり霧散していた。 「ヤクマとは、番ではない」 「首に歯形があったのは……」 「何度も噛みつかれたけど、ヤクマとは番になれなかった」  『なれなかった』?  ユウリの言葉に、引っ掛かりを感じる。 「どうして?」 「ヤクマの心の中にはすでに番がいる。だから、新しい番を得ることはできなかった。どんなに望んでも」  まるで、泣くのを堪えているように、ユウリの顔が歪んだ。  なぜ、そんな苦しそうな表情をするのだろう?  見ているこっちまで、胸が苦しくなる表情。  戸惑いが、怒りに変化する。 「いつから計画を始めたの? 最初から、乗っ取るつもりじゃなかったでしょ?」  詰問する口調が厳しくなる。 「動き始めたのは4年前くらいかな。最初、逃げ出す事ばかり考えていた。だけど、そこまでヤクマが望んでいるなら、リーシーの代わりになってやってもいいと思い始めた。そのうち、いつまでもリーシーしか見ないヤクマに腹が立って仕方がなくなった。どうやったら、打撃をあたえることができるか必死に考えた。それで、奴が大事にしている会社を奪うことを思い付いた」  ガーンと頭を鈍器で殴られた衝撃が走った。  なんだよ、それ?  大声で叫び出しそうになる心を必死になだめる。  こんなことってあるだろうか?  これではまるでヤクマへの愛の告白だ。  失った恋人を思い続けて自分をちっとも見ない男に対する愛憎劇。  プロポーズのあとに、こんな告白を聞かされるなんて思いもよらなかった。  ユウリにとって、コータの存在は何なのか? 「ヤクマは……ヤクマは今、どうしているの?」  声が震えてしまう。  誤魔化すように、咳払いをする。 「わからない。俺の裏切りを知り、行方をくらました」  このモヤモヤする感情に蓋をして、黙ってユウリの手をとるだけでいい。  ユウリのプロポーズを黙って受け入れる。  たったそれだけで、何年も求め続けたユウリが手に入る。  このまま寝室にいき、その細い首に噛みつけば、長年の悲願が達成できる。  それが一番いい方法だとわかっているのに。  自分が取る行動は、それしかないとわかっているのに。 「ユウリ? 僕と番になるのなら、ちゃんとしてきて。ヤクマと決着をつけてきて」  意に反する言葉が、口からこぼれる。 「え? コータ……」 「ユウリがどんな結論を出しても、僕は受け入れるから」  コータは、戸惑うユウリの背中を押して、玄関のドアを閉めた。  ドアの向こうから、自分の名を呼ぶユウリの声が聞こえる。  この世で一番、愛おしい声。  コータの魂を揺さぶる唯一の存在。  胸が張り裂ける。  何度も何度も拒絶されてきた。  やっと向こうから手を差し伸べてきたのに……。  コータはへなへなとその場に座り込むと、頭を抱えたまま肩を震わした。

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