15 / 17
第15話
ユウリは、艶やかな表情を浮かべながら一歩前に進み出た。
「力と財力を手に入れた。これからは、コータに一方的に庇護されるだけの存在じゃない」
ユウリは、コータの目をじっと見つめた。
「コータ、俺の番になって」
「コータもユウリも、よかったじゃん! おめでとう!」
すかさず、メイが歓声を上げ、コータの背中に抱き付いて大喜びした。
満面笑顔のメイとは対照的に、コータの顔は引きつっていた。
嬉しくない訳じゃない。待ち望んでいたユウリからの言葉。
だけど、モヤモヤとした感情が邪魔をして、うまく笑えない。
「邪魔者は消えるね。ごゆっくり~♪」
メイは、手早く子どもたちを集めると部屋を出て行った。
完全に二人っきりになったところで、ようやく口を開いた。
「あのさ、確認するけど、ヤクマとは番じゃなかったんだよね?」
コータは混乱していた。
状況がのみ込めない。
昨日、ユウリと会った時点ではすでに工作は終わっていた。
一緒に逃げようと迫ったときも、水面下で動いていたはず。
ユウリは素知らぬ顔をして、全くおくびにも出さなかった。
いつから乗っ取りなんて考えていたのだろう?
今まで、コータを頑なに拒否していたのは、会社を乗っ取るためだけ?
だったら、打ち明けてくれればよかった。コータだって協力できた。
もっと早く、結果を出せたはず。
ユウリがコータのもとに戻って来た。
しかも、プロポーズまでしてくれた。
本来なら、天にも昇る心地のはず。
それなのに、嬉しさより戸惑いの方が強い。
さっきまでの浮かれた気分は、すっかり霧散していた。
「ヤクマとは、番ではない」
「首に歯形があったのは……」
「何度も噛みつかれたけど、ヤクマとは番になれなかった」
『なれなかった』?
ユウリの言葉に、引っ掛かりを感じる。
「どうして?」
「ヤクマの心の中にはすでに番がいる。だから、新しい番を得ることはできなかった。どんなに望んでも」
まるで、泣くのを堪えているように、ユウリの顔が歪んだ。
なぜ、そんな苦しそうな表情をするのだろう?
見ているこっちまで、胸が苦しくなる表情。
戸惑いが、怒りに変化する。
「いつから計画を始めたの? 最初から、乗っ取るつもりじゃなかったでしょ?」
詰問する口調が厳しくなる。
「動き始めたのは4年前くらいかな。最初、逃げ出す事ばかり考えていた。だけど、そこまでヤクマが望んでいるなら、リーシーの代わりになってやってもいいと思い始めた。そのうち、いつまでもリーシーしか見ないヤクマに腹が立って仕方がなくなった。どうやったら、打撃をあたえることができるか必死に考えた。それで、奴が大事にしている会社を奪うことを思い付いた」
ガーンと頭を鈍器で殴られた衝撃が走った。
なんだよ、それ?
大声で叫び出しそうになる心を必死になだめる。
こんなことってあるだろうか?
これではまるでヤクマへの愛の告白だ。
失った恋人を思い続けて自分をちっとも見ない男に対する愛憎劇。
プロポーズのあとに、こんな告白を聞かされるなんて思いもよらなかった。
ユウリにとって、コータの存在は何なのか?
「ヤクマは……ヤクマは今、どうしているの?」
声が震えてしまう。
誤魔化すように、咳払いをする。
「わからない。俺の裏切りを知り、行方をくらました」
このモヤモヤする感情に蓋をして、黙ってユウリの手をとるだけでいい。
ユウリのプロポーズを黙って受け入れる。
たったそれだけで、何年も求め続けたユウリが手に入る。
このまま寝室にいき、その細い首に噛みつけば、長年の悲願が達成できる。
それが一番いい方法だとわかっているのに。
自分が取る行動は、それしかないとわかっているのに。
「ユウリ? 僕と番になるのなら、ちゃんとしてきて。ヤクマと決着をつけてきて」
意に反する言葉が、口からこぼれる。
「え? コータ……」
「ユウリがどんな結論を出しても、僕は受け入れるから」
コータは、戸惑うユウリの背中を押して、玄関のドアを閉めた。
ドアの向こうから、自分の名を呼ぶユウリの声が聞こえる。
この世で一番、愛おしい声。
コータの魂を揺さぶる唯一の存在。
胸が張り裂ける。
何度も何度も拒絶されてきた。
やっと向こうから手を差し伸べてきたのに……。
コータはへなへなとその場に座り込むと、頭を抱えたまま肩を震わした。
ともだちにシェアしよう!