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プロローグ

 それは映画のワンシーンのように美しかったのを、今でも鮮明に覚えている。  煌々と輝く舞台の上では、一人の男が叫んでいた。「愛してほしい」と悲痛な声で叫ぶ彼は、とてもリアルで、現実世界の出来事ではないと分かっていても、胸がツキンと痛んだ。  目の前で繰り広げられるのは、愛のお話。身分違いだと分かっていても、想うことをやめられなかった男が、一途に尽くして捨てられるお話。お家のためにすんなりと男を捨てた女とは対照的に、彼の愛は海のように広く、そして深かった。  女が舞台を去るまで、彼は紳士でいた。終始穏やかで、彼女の気持ちに理解を示していたが、女がいなくなると、それは砂像のようにさらさらと崩れ去った。  糸を切られた操り人形の様に、バラバラと彼がその場に座り込む。その顔は絶望の色で染まり、双眸からはポロポロと涙が溢れていた。惜しげもなく流されるそれは、照明に照らされてキラキラと光っていて、まるで宝石のようだった。  「愛して」と、彼が今度は消え入りそうな声で呟く。あまりにも痛々しく発せられるそれに、ぎゅっと心臓を掴まれたような感覚に陥る。助けてあげて欲しいと切実に思うけれど、広い舞台の上には彼一人しかいなく、誰も彼を助けようとはしない。それがどうしようもなくつらく、これは作られた物語であり、舞台上だけの世界だと分かっていても、思わず彼を抱きしめたくなった。   報われないまま物語は終わり、舞台の幕が閉じる。パチパチと熱い拍手があたり一面に広がり、客席の電気がつく。周りの人たちが次々と席を立ち、ガヤガヤと喋り声が聞こえはじめる。けれど自分だけはまだ夢を見ているようで、頭の中では、顔をぐちゃぐちゃにしながら泣いている彼が、「愛して」と繰り返し叫んでいた。 ——彼は幸せになれるのだろうか。  “彼”は存在しない人物なのに、真剣にそんなことを考えてしまう。考えても仕方がないのに、彼を救ってあげたいと心の底から思ってしまう。  それだけ、その人の演技は深く印象に残り、どうしようもなく心を乱してきたのだった。

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