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第5話
その後予約していたホテルにチェックインして、やっと二人きりになり、ルームサービスで食事を摂り、いつものように夜を明かした後でさえ、アヤの心のしこりは消えないままだった。これは一体どこから来るものなのか。リョウはすっかりいつも通りだし、全くもって心当たりがない。
「昨日からずっとぼんやりしてるけど、体調悪いとか?もう帰る?」
また眉尻を下げて、心配そうにリョウがアヤをのぞき込んでくる。いつもこうやって、人の心配ばかりして、この男は。
リョウは普段から、アヤに甘え放題わがまま言い放題ではあるが、それはデートプランや会える日を決める際など、ごく些細なこと。根っこの部分ではいつも甘やかされ、包み込まれて、許されているのはアヤの方だ。リョウという男は、自分が我慢すれば丸く収まる、と考えるタイプのようだ。これまでにもおそらく、いろいろな場面で我慢し、諦めてきたことがあるのだろう。
――『諦める』。
アヤの心の引っかかりの正体がわかった。
「そういうのは諦めてるから」
昨日、式の後にリョウが言った台詞。
決してどうでもいいと思っているわけでも不要だと思っているわけではなくて、諦めざるを得ないだけ、なのだろう。
「リョウ」
そう呼ぶアヤの表情が妙に思い詰めているように見えて、リョウは余計に心配になる。
「ほんまにいける?無理せんと帰……」
「まだ帰さないよ」
ぽつりとアヤはそう言うと、少しだけ離れていたリョウを引き寄せて、掻き抱いた。
「リョウ、愛してる」
突然強く抱かれて愛の囁きを受けたリョウは少し戸惑いながらも、ありがとう、と礼を言ってアヤの腰に手を回した。
「それしかできないけど、きっと、これからも」
ブツブツと途切れ途切れの告白に、リョウの頬は緩み、瞳は潤いを増す。
「それで充分て言うたやろ。これからも、ずぅっと、このまんまで」
「じゃあ、じゃあ、早めにチェックアウトして、ちょっと都会のほう出てみる?ランチどこにしよっかなぁ。あ~事前に下調べして予約しといたら良かったなあ!」
「任せるよ」
「まーた丸投げ?」
口を尖らせながらもまんざらでもなさそうにスマートフォンで検索を始める。洗面所で髪を整えているアヤは、そんなリョウを鏡越しに見ている。
「何系食べたい口?」
「何でもいいよ、任せるって」
「んもー。そんなん言うならスイーツバイキングにしたろか!」
大げさに眉根を寄せて非難するリョウに、眼鏡の奥から鋭利な中にも柔和な視線を投げれば、リョウもつられて照れたように笑った。
それからアヤはリョウの隣に戻り、ふたりでスマートフォンを覗きながらああでもないこうでもないと言い合いながら、その日の予定を相談した。その頃にはもう、リョウに諦めの影もなければ、アヤの心のつかえも綺麗に取り払われていた。
今まで通り
いつも通り
これからも
それでいいと、言ってくれるけれど。
今はもらってばかりだけど、いつか。
二人でいる時だけは、我慢も諦めもしなくていいように。
小さな秘めたる決意を胸に、アヤはもう一度リョウを抱きしめた。
【おわり】
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