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扉の前に座る黒猫に惹かれて歩みを止めた。
しなやかで艶のある被毛をしっとりと光らせながら、長い尾をきちんと行儀よく揃えた足に絡ませて座る。
なぁーぅ…
一鳴き、
それだけで、その黒猫は彼を店の中へと誘った。
艶々とした肉厚な葉の観葉植物を見ながら店内へとそっと入ると、カウンターの中の男が手を止めて「いらっしゃいませ」と微笑む。
少し背の高い…中年になりかけの男だった。
柔和そうな、それでいてどこか影のある微笑に惹かれてカウンターに腰掛けた。
とと…と、足元を黒猫がすり抜け、高いスツールの上へと飛び乗る。
「あっ…あの、椅子に猫が…」
飲食店のイメージからそぐわぬ事態に、狼狽えてこの店の店主を見上げる。
「そこは、ノアの席なんですよ。他の席には絶対に座りませんから」
きっぱりと言われてしまっては口を閉ざす他なくなってしまい、仕方なく彼はもそもそと座り直した。
「じゃあ…珈琲を…」
「はい。ありがとうございます」
目尻の皺をやや深くしながらマスターは微笑み、棚から華やかな花の描かれたカップを取り出す。
個々に強い個性がある棚のカップの中で、一際主張するかのような色使いに思わず見惚れる。
「…きれい…ですね」
思わず言葉が漏れた。
「でしょう。普段は料亭向けの器を作っている工房のものなんですよ」
そう…と口の中で呟き、彼は俯いてしまう。
きぃ…
と、微かな音を立て、扉が開いた。
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