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「いらっしゃいませ」  マスターは変わらぬ調子でそう言い、客が席に着くのを見計らって水を入れたコップを出す為にそちらへと向かう。 「お久しぶりですねぇ」 「少し、仕事が忙しくて…」  彼が肩越しに後ろのテーブルに座った客を何気に見やる。  生真面目そうな、背の高いサラリーマン。 「いつものケーキはあるかな?」 「ございますよ、少々お待ちください」  甘味とは無縁そうな男が注文するところをみると、そのケーキとやらは旨いのだろうかとぼんやりと頬杖を突く。  ぐるりと店内を見回すと、壁に掛けられた絵に目が止まった。  コップから溢れだした水に、つい手を伸ばしてしまいたくなるような、そんな緻密な細密画───  何処かで? 「……あれは…田城玄上の絵ですか?」 「分かりますか?」  問われ、マスターは機嫌良さげに微笑んだ。  詳しく知っている訳じゃない。  骨董品やらを鑑定する番組か何かで、ちらりと見ただけだった。  若くして夭折した為に作品数は多くない、けれど根強い人気があって… 「本物ですか?」  そう、失礼な言葉がポロリと漏れた。

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