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「好きか嫌いか、先にあるのはそれだけです」
「………」
「私には、それだけしか必要ありません」
ひょいとフォークを取り上げて、彼の食べかけのチーズケーキを一掛け掬い取る。
「どうぞ」
「えっ…ちょ…」
「貴方はすぐに食が細くなるから」
そう言われて彼はしぶしぶと言った風に口を開けた。
「愛してます」
「――――ぐふっ」
飲む込む瞬間に言われた言葉に噎せた彼を、黒猫がピクピクと耳を動かして警戒する。
「はず…かしいこと……言うなよ」
「可能なら大声で言いたいのですが…」
「止めろって」
恋人同士の睦言のようになった会話に、黒猫の耳が更にピクピクと忙しなげに動く。
「――――では、行きましょうか?」
「ん。ご馳走様でした」
二人は軽く会釈をすると立ち上がる。
「――なぁ、あの絵、どう思う?」
「はい?―――――そうですね、好きです」
「…それだけ?」
「ええ」
簡潔な言葉に、彼の口の端が小さく歪んで笑みを作る。
「――それでいいんだよな」
そう吹っ切れたように呟く彼の足元をするりと黒い影がすり抜ける。
なぅ…
ぱしっぱしっと黒い尻尾が入口に立つ二人の足を叩いていく。
やれやれと言った風な黒猫の後ろ姿が消えるのを見届けてから、二人は軽く指先を絡めてから歩き出した。
今日もノアールはきちんと行儀良く揃えた足に長い尻尾を巻きつけて待つ、
甘露を求める、客の訪れを…
END.
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