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ミルクは低温殺菌のものを常温に戻して最初に入れておく。
入れる順番で何が変わるのかと思うが、科学的にも旨味成分が変わるのが証明されていると言われてしまえば従わなくてはならないだろう。
球形の丸いポットには湯を注いで温める。
ミルクティーなので茶葉は大盛りで二人分。
水道水を沸かしたてを分量通りポットに注ぐ。
ティーコージーを被せて3分を計るために砂時計を返す。
「…」
蒸らす間に、ソファーからひょっこり出ている後ろ頭を睨み付ける。
何か声を掛けてやろうかとも思ったが、何と言おうかと考えている内に砂が全て落ちてしまった。
紅茶をティーストレーナーで漉しながら注ぐと、ふわりとした紅茶の匂いが鼻をくすぐる。
それに背中を押されるように、バラエティー番組を見て首を傾げているアキヨシの傍に座った。
「…」
ギシ…と沈んだソファーにも敢えて反応を見せないアキヨシの前にティーカップを置く。
ついでに一言…とも思ったが、先程と同じように言葉が出ず、そうこうしている間に「ありがとう」と言ってアキヨシは紅茶を飲み始めた。
「…」
出鼻を挫かれた思いで自分も紅茶を啜る。
ゴールデンルールで淹れた紅茶は確かに美味い筈なのに、今日はほろ苦く感じた。
つまり、オレとアキヨシは多分ケンカ中だ。
原因は、はっきり言って分からない。
アキヨシに聞いてもこれは同じ様な事を答えると思う。
カレーに椎茸入れたからか、
カレーがキーマカレーだったからか、
カレーにローレルを入れ忘れたからか、
カレーには福神漬けからっきょうか…
多分、夕飯に出したカレーの何かが原因だったような気がする。
つまり…そう、とてつもなくどうでもいい事でオレ達はケンカしている。
ちらりと、隣に座るアキヨシを盗み見る。
生真面目そうな横顔は、普段あまり見ないバラエティー番組を見て面白いと思っているようには見えなかった。
「…」
いつもこの時間は、テレビは見ずに紅茶を飲みながら話をするのがルールなんだけど…
甘いミルクティーのカップから唇を離し、アキヨシの横顔から視線をずらすと、結露に曇る窓ガラスが見えた。
室内が暖かいからそうは思わなかったけれど、今日は随分と冷え込んでいるようだ。
「寒そうだな」
思わず漏れた声に、アキヨシの真っ直ぐな視線がこちらを向いた。
いつもドキリとしてしまう程に、アキヨシの視線は真っ直ぐだ。
仲直りの言葉を期待して見つめ返す……が、
「ごちそうさま」
そう素っ気ない言葉だけが返ってきた。
「…」
カップをキッチンに持っていくアキヨシの背中を睨み付ける。
姿が消えて暫くすると、カチャカチャと食器を洗う音が響く。
夜に出た洗い物はアキヨシが担当する。
そう言うルールだ。
「…」
オレとアキヨシは男同士で、絶対的に社会のルールから外れた恋人同士だ。
けれど、出会って、触れて、想いを通わせて…一生一緒にいたいと思ったからこうして一緒に暮らし始めた。
互い、親から理解されているとは言えず、前途は多難で…祝福よりも好奇や蔑みの多い未来なのは確実で…
それでも…
互いの傍らに居たいと願ったから、こうしている。
そう、願ったから…だ。
結婚したわけでも、
子供が出来たわけでもない、
お互いの自発意志で寄り添っているだけで、共に暮らすのを止めようと思った瞬間解消出来てしまう関係だ。
愛し合って結んだはずの関係は、酷く不安定で…
だからオレ達は色々なルールを作った。
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