172 / 205
.
「………アキヨシ?」
「ん…」
店の前のガードレールに凭れるように、大柄な男が立っている。
オレが声を掛けるとアキヨシは白い息を吐きながら小さくうなずいた。
「仕事、終わった?」
「な…何やって……」
「ケイゴの仕事が終わるのを待ってた」
「待ってたって……オレが帰る時間はまだまだ………どうして?」
また小さく「ん…」と返事をして、アキヨシがオレの首にマフラーを掛ける。
「初雪になるかもってテレビで言ったから。寒いといけないと思って…」
ずっと手に持たれていたためか、マフラーはアキヨシの体温を移して温かい。
「店に入って来れば良かったのに…」
寒さのせいか見上げたアキヨシの鼻の頭が赤く、大分待ったのだと言う事が分かる。
「ん…でも……怒らせたから。入りにくくて…」
「おこ……って…なんか…」
もごと口ごもる。
言葉を探して視線を彷徨わせるが見つからず、結局アキヨシの冷えた両手を取る。
かじかんだ指先を温めたくて、そっとその手に息を吐きかけた。
「冷えてる」
「うん」
「…帰ろっか」
そう言うと、アキヨシはくしゃりと破顔して嬉しそうに頷く。
「………あの…さ」
うん?と傾げられた穏やかな微笑みに後押しされて、そっとアキヨシのコートにしがみついて顔を埋める。
「…………………ごめん」
そう、まずはこれだ。
───俺も…ごめん。
小さく耳元で返された言葉に、コートを握る手に力を込めた。
球形の丸いポットには湯を注いで温める。
茶葉はティースプーンに人数分。
水道水を沸かしたてを分量通りポットに注ぐ。
ティーコージーを被せて3分待つ。
これが、紅茶を美味しく淹れるルール。
「あ。このケーキ美味しい!」
イチジクとクルミのタルトを頬張り、アキヨシにも一口おすそ分けする。
ソファーに並んで座って紅茶を飲む。
紅い色に互いを映しながら寄り添うこの瞬間が好きだ。
「今回。正直、ちょっと焦った」
「?」
「はっきりとした原因がなかったから…その、倦怠期なのかな…と」
そう言ってアキヨシはまだ雪の降らない外を確認するように視線を外した。
暗い窓を映した瞳は何かを考え込んでいる風で…
「俺には、気持ちしかケイゴを繋ぎとめる術がないから。それが煩わしいと思われたのかって」
「んなわけ…」
「うん。だから、追いかけた」
すっかり体温を取り戻した指先は温かく、紅茶の温もりを移したのも相まって頬に触れる指先は熱いとも感じる。
「二人で決めたルールがあったから」
そう言うと、小さく微笑んでぎゅっと抱きしめてくる。
「二人の気持ちが一緒だと思ったから」
そうだ。
お互い同じ思いだったから、二人で話して決めたんだ。
「そうだったな」
お互いの気持ちだけが互いを繋ぐものだから。
アキヨシとの繋がりを…決して切りたくはないから、そう決めた。
たくさんたくさん、ケンカをしよう…と。
「どれだけケンカをしても、一回だけ多く仲直りをするんだよな」
包む温もりに応えるように、ぎゅっと抱き返す。
「うん、だからこれからも…」
たくさんたくさんケンカをしよう。
そして、一回だけ多く仲直りしよう。
それがオレ達が上手くやって行くための、ゴールデンルールだから…
END.
ともだちにシェアしよう!