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皮膚が薄いのか、白い肌は加減をして握ったつもりでも赤い痕を残すには十分だ。
荒い息を吐きながらぐったりの俺に凭れかかる白磁の肌に、もう一度だけ唇を寄せて吸い上げる。
そうするとナカに入れたままのモノが締め付けられる感触がして、赤い唇から耐えられなかった様にまた小さく喘ぎが漏れた。
拍子に、また涙が伝う。
それを乱暴に左手で拭ってやると、伝い落ちる途中で薬指の指輪痕に引っ掛かった。
「…………」
皮膚の上で水分が馴染んで消えるまで、左手を翳しながらそれを眺めていると、不審に思ったのか凭れかかっていた頭が動いて左手に視線を動かす。
もうすでに雫は消えて、何もない左手を眺める俺はその目にどう映ったのか?
「 どう、されたんですか?」
問いかけられてもすぐに答えは返せなかった。
「 ────死期の近い人間は己の手をじっと見るんだそうだ」
自嘲交じりにそう言ってやると、ヒクリ と膝の上の体が跳ねた。
笑うか、
呆れるか、
もう、どちらでも構わないとぼんやりと思ったところで、どん と胸を叩かれた。
その細腕では力もなくて、作った拳も寧ろそっちが壊れるんじゃないかと思わせる程非力だったけれど、確かな力強さがある。
「 な、なにをっ 笑えない、冗談をっ」
俺を睨みつけるのは、いつもの気弱な雰囲気の欠片もない綺麗な猫のような強い眼差しだった。
射すくめるような視線と、赤い目縁、それから止めどなく流れ出る涙に……
「どうして泣く」
いつも見せる伝うような涙ではなくて、幼子のような号泣に面食らって唇の端を上げる。
「だ っ、それは、だって、っ 駄目です、お願いです、 駄目ですっ」
「先のない会社にいても無駄だろう。元の会社に戻れるよう口を 」
「駄目っ やめてくださいっお願いしますっ」
指輪のない手を取られ、力いっぱい握り込まれてそう懇願された。
胸元に引き寄せられた手は、しっかりと握られていて振り払う事が出来ず、その上にぽとぽとと涙が伝い落ちて行く。
「私、知ってるんです。人事に逆らったから辞めさせられたって」
そうだった、
こいつの情報網を甘く見ていた。
あの場には俺とタヌキジジイしかいないと思っていたが……
「そうか、 」
正確にはお前を寄越せと言われて拒否したら、仕事でハメられた。
こいつを寄越すか責任を取って地方行きかを問われて、左遷されるのを受け入れず辞表を叩きつけただけの話だ、辞めさせられたわけではない と言うのはただの強がりか。
かっとなって辞表を叩きつけた事に後悔はないが……
タヌキジジイのやり口にはいい加減うんざりだ。
「しゃ ちょうの、 社長の為なら何でもしますっ!だから、だから 」
興奮したのか情交中よりも更に赤く熟れた唇が震えて、涙で濡れた甲にそっと触れてくる。
「 ────傍にいさせてください」
握り締められた手の中にある指にもう枷は嵌ってはいない、しがらみのない体は思いの外軽やかでどこまでも飛んでいけそうな気がしたしたのに……
しっかりと捕らえて、わずかに動かす隙も無いその手の感触の心地よさに、飛ぶよりも気持ちがいいと思ってしまった俺は、一生この籠の中を住処としていくんだろう。
END.
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