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千年の愛を貴方に 1

 荒れた指先を口に含み、人差し指を湿らせると、蝋燭の明かりに銀色の糸が光って見える。  それを、目の前の障子にゆっくりと押し付ける。すると粘るような抵抗を見せながらゆっくりと音も立てずに障子紙に穴が開いた。 「  ────覗かないでくださいませね」  そう言い置いて隣の部屋へと女は消えて行ったが、その向こうから聞こえる奇妙な音に、約束は約束なのだから守らねばと言う心が好奇心に押し切られてしまった。  指の大きさに開いた穴の向こうの光景を、俺は一生忘れない。  いや、生まれ変わっても忘れる事は出来なかった。 「はーい!貴方の暮らしに一家に一匹!ツルはいかがですかー?今ならスマイルもお付けしまっす!」  真夏の早朝の訪問者に居留守を決め込もうとしていたけれど、あまりのピンポン連打に根負けして渋々と寝床から這い出してみればこの言葉と、胡散臭さを極めたような金髪ロン毛のサングラス男だ。  キーンと頭に響く声に「いりません」と簡潔に答えて戸を閉めようとすると、ガッと戸が何かにつっかえる感触がして動かなくなった。  怪訝な顔で足元を見れば艶のある革靴が差し込まれて、古びて錆の浮いた扉に挟まっている。  その隙間を抉じ開けるように、大柄な金髪の男が扉をミシミシと言わしながら「ツルいかがっすかー?」と押し入ってきた。 「間に合ってますっ!」 「今なら商品券もつけますよー?」  つけられたところで……の言葉を飲み込みながら分厚い胸板を懸命に押し返すも、ここの所ろくに物を食ってなかったせいか俺は非力だった。  ずい と一歩踏み出されて、狭い玄関と台所を兼ねたような場所の床に尻もちをついてしまう。そうすると追い出そうとしたことなんて遠い昔のように、金髪男は何の遠慮もなしに部屋へ上がってしまった。  なんなんだと思う前にがばりと抱き着かれて呼吸が止まる。 「会いたかったですよー!」 「な、な、な なんっ」 「お忘れですかー?貴方のお傍に寄り添い続けて早数百年!今世も恩返しにやってきましたツルでーす!」 「お引き取りください」  ぐいぐいと押し退けるも男の胸板はびくともしない。  ちくしょう、今回はやけに体格のいい男に産まれやがって! 「今世も貴方のお役に立つために地球半周してやってきたんですよー!飛行機って便利ですねー!」 「渡り鳥の矜持はどこ行った⁉」  ふっとい腕ががっしりと体に回されると、蛇にでも締め付けられたんじゃないかって心地で……

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