190 / 205
初恋のオムライス 1
背負われた体がゆらりと揺れて、その頬に感じる背中の体温の温かさに鼻の奥がツンと痛む。
日が落ちて薄暗くなった周りはそれだけで不安をあおるには十分で、オレは小さな子供の特権とばかりにその背中に縋りついた。
「なんだぁ?心細かったんか?」
「 ちがうもん」
泣きそうになっていたのを誤魔化すために出た精一杯の強がりの言葉は、兄ちゃんには面白かったらしくてオレを負う背が小さく震えて「ひひひ」と笑い声が聞こえる。
「そっかそっか。明日にでも道案内してやるからな、そしたら迷うなんてことねぇから」
その言葉が頼もしくて、小さくこくりと頷いた。
父と母が離婚して、オレは母親と共に一階に中華料理屋が入っているマンションの三階に引っ越した。
まだ荷物の片付かない部屋の中を見渡して「晩御飯を買いに行ってくる」と母が出て行ったのは数分前で、オレは乱雑に置かれた荷物の隙間に母の財布を見つけて飛び出した。暗くなったら外に出てはいけません ときつく言われていたけれど、母が出て行ったのは少し前で、子供の考えではすぐに追いついて褒めて貰える算段だったのに……
昼間は人通りもあって全然なんとも思わなかったのに、遠くに夕日を沈めて影の気配を濃くした外は慣れない町どころか見知らぬ異世界のようにも見える。
急に不安になって左右を見て、「おかあさん」と呼び掛けてみるも街灯の向こうの薄い暗闇に母の姿は見つからなかった。
背後の、マンションの一階の中華料理屋の明かりがやけに眩しくて、そのせいで闇はもっと深く思える。
じり じり と左右を見て母の行った方向はどっちだろうと考えていると、「坊主」とぶっきらぼうに声をかけられた。
低いかすれた声は、その時のオレには怖くて怖くて仕方がなくて、かけられた声に突き飛ばされるようにして走り出す。
後ろでそのかすれた声が何か叫んでいたけれど、怒られるんじゃないかって思いの方が強くて、どうしようもなかった。
道のわからない町を散々走り回り、自分が迷子だと理解する頃には日はとっぷりと暮れてそこはおばけの世界で……
震えてうずくまるオレにかすれた声が「見つけた」って言ってくれたのは、それからすぐのことだった。
家に戻った母が探しに出たのを見ていた中華料理屋の長男が、自分が驚かせたせいかもと一緒に探してくれたらしい。
ともだちにシェアしよう!