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初恋のオムライス 5
「兄ちゃんのこと 」
「好きなんだ」って以前に告げた言葉を繰り返すと、兄ちゃんの近づく気配がして頭にぽんって手が置かれた。
「 ────俺、大学卒業したら引っ越すから」
「っ⁉だ えっ どこに……」
見上げた兄ちゃんの顔は逆光で暗くて、表情がわからなくて……でも、引っ越し先を教えてくれないんだろうなってことだけははっきりとわかってしまった。
「にいちゃ オレ、兄ちゃんの特別になりたいよっ オレ、 っ」
「だから、お前は…… っ」
オレだけじゃなくて、兄ちゃんも何かを飲み込んだかのようにぐっと唇を引き結んで、こちらを見下ろしてくる。
それは嫌悪とか、そう言った感情のこもったものではなかったけれど……
桜が葉だけになった頃、オレは久し振りに中華料理屋の暖簾を潜った。
相変わらず新聞を読んでいるおっちゃんが目だけを上げて、大袈裟に驚いたふりをする。
「お見限りかと思ってたんだが?」
兄ちゃんとよく似た人をからかうような癖のある声音に、ぶすくれて「違うよ」とだけ返す。
でも、あれからすぐに兄ちゃんが引っ越して行ったのは事実で……結局、顔を合わせないままだった。
「今日は何する?」
そんなの、決まってる。
「オムライス」
むっつりとした口調でそう言うと、おっちゃんはやっぱりかって顔しながら、申し訳なさそうに頭をかく。
「悪ぃけどよ、ねぇんだ」
「え……」
「えって言ったって、ここは中華料理専門の店だからな?」
そう言われて、思わず入り口を振り返って暖簾を確認してしまうのは、それだけ兄ちゃんの作るオムライスに馴染んでいたからだ。
「だ、だって」
「作る奴がいねぇんだよ」
やれやれと肩を竦めて、おっちゃんは「唐揚げとラーメンでいいか?」って訊ねてくる。
「今までだって、兄ちゃんがいなくてもオムライス出てきてたのに!」
「そりゃ、あれだ、絶対食いに来るだろうからって、バイト前にあいつが作り置いてたんだよ」
だから、引っ越してしまった今、出せないのだとおっちゃんは言って、注文もしていないのに唐揚げとラーメンをカウンターに置いた。
それを見ながら、ふらふらとカウンターに腰を降ろして項垂れる。
目の前に出されたラーメンはいい香りがして美味しそうだけれど、兄ちゃんが作ってくれるあのオムライスとは比べられなかった。
「 っ」
「なんだぁ?腹が空きすぎて泣いてんのか?」
「っ……そ、そんなんじゃないもん」
ずっ と鼻をすすって唇を噛み締める。
兄ちゃんは、オレの好きって言う言葉を受け入れてはくれなかったけど……
あのオムライスはオレのために作られたもので、それを作ってくれている時は、確かにオレは兄ちゃんの特別だった。
END.
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