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初恋のオムライス 4
「ああ、いつも夕方の客を捌いてから行くんだけどさぁ……」
ぶつぶつと言うおっちゃんの背中に視線をやって、オレは一つ聞いてみることにした。
もう花粉は飛んでて春だって言っても夜にはまだまだ冬の気配が残っている。
大丈夫だろうと薄着で出て来たのは失敗だったかなって思い始める頃、ざりざりと外階段を上がってくる靴音がして思わずぴっと背筋が伸びた。
『ねぇおっちゃん、兄ちゃんの帰ってくる時間いつー?』
そう尋ねたオレにおっちゃんは怪訝そうな顔をしたけど、『進学のことで聞きたいことあったの忘れてたんだよね』って言うと二つ返事で教えてくれた。
「おかえり、兄ちゃん」
バイトで疲れたからか、俯いて帰って来た兄ちゃんはその声に盛大に驚いて、ふらつくように壁にもたれかかる。
はぁー……って、幾らオレが鈍感でもわかるくらい、迷惑だって感じで盛大に溜息を吐くから……
「 な、んで 避けんの?」
溢れそうになった何かを堪えた言葉は詰まりがちで、兄ちゃんははっきり聞き取れないそれに苛ついたのか顔をしかめて手で覆ってしまった。
「朝も、夜も、お店だって!いつもオレが行く時間の前には出て行ってるでしょ⁉」
「被害妄想だ、いい加減にしろよ。こっちはバイトで疲れて っ」
オレがタックルでもするみたいに兄ちゃんに飛びつくから、「う゛っ」なんて呻き声を上げて壁にぶつかってそのままずるずるとへたり込んでしまう。
「……勘弁しろよ」
盛大に顔がしかめられて……
マンションの廊下にうずくまって兄ちゃんはこちらを見てもくれない。
「に、ちゃ 」
「返事はもうしただろ」
極力感情を押さえた怒鳴り声は硬質で、オレの胸に刺さるために存在しているかのようだ。
ぐっと言葉が胸に詰まって、吐き出したいのに息が吐き出せない感覚に唇がわなわなと震え出す。
それを見て、兄ちゃんは「ちっ」で舌打ちしてから自分の着ていた上着をオレにかけて、よろよろと立ち上がった。
「記録会なんだろ、そんな薄着で風邪でもひいたらどうするんだ」
また「はぁー……」って重い溜息に……
「オレっ好きなんだ!」
怒鳴った声は大きくて、兄ちゃんは一瞬はっとした顔で辺りを窺い、誰もいないことを確認してから詰めていた息をそろりと吐き出す。
それが溜息に重なって見えて、オレは唇を震わせたまま俯くしかできない。
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