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異変
「もう、大丈夫?」
「……うん」
じゃあ行こう、と、浅井は俺の右手を掴んだ。
「今は、人がいないから」
恋人繋ぎされた手に引かれ、俺も一歩を踏み出そう……と、した。
「わっ」
けれどバランスを崩して、また浅井の胸板に頭がぶつかる。
「ごめんね、無理させちゃったかな。もう少し休もうか」
「え、いや、全然平気、だから!」
「でも……」
「ほら、行こう!」
今度は、浅井の手を俺が引く。
本当に大丈夫だった。
呼吸も落ち着いてるし、ふらふらもしていない。
脳もきちんと働いている。
ただ――一瞬、浅井の姿が二重に見えた。
それだけだった。
「おいしい?」
「ああ」
好きな人と食べていると、いつもの倍以上に食事が楽しく、おいしく感じられる。
浅井はナポリタンを、俺は海老入りグラタンを。
食べているだけなのに、幸せを感じた。
「次、どこ行こうか?」
「浅井と一緒なら……どこでもいいよ」
「健気だね……なら」
そう言って浅井が提案してくれたのは、近くにある映画館だった。
「面白かった?」
「うん」
「良かった。見たかったってのもあるけど、鳴海、疲れてそうだったから。連れまわせないなと思って」
「……何か、悪い」
「いや。ゆったりするデートも、楽しくて好きだよ」
些細な気遣いに、「ありがとう」と返した。
「悪いな、ここまで」
「ううん。また、ラインするから」
「ああ、待ってる」
家の前まで送ってくれた浅井に、手を振り別れを言う。
本当は、もっと一緒に居たかった。
けれど、俺が意外に疲れている事が分かったのだろう。
玄関のドアを閉めた所で、ドアを背中にしゃがみこむ。
楽しかったのは事実だ。
だけど途中から物が二重に見える現象がちょこちょこと起こって、精神的に疲れていた。
「俺……どうしたのかな?」
今もまだ、物が二重に見えている。
疲れているからだろうか。
早く、治れば良いのだけれど。
そんな呑気な事を思いながら、俺は今日早く眠ろうなんてことを考えていた。
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