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第1話
暦上で立春と言っても春にはまだほど遠く、今にも雪が降ってきそうなどんよりとした空模様。おまけに山から吹き付ける風は息をするのも困難な程で、肌を切るようなその冷たさに、背中を少し丸めた壮一は口元までをマフラーに埋めた。
「さみぃ」
今、壮一が立っているのは、無人駅の駅前だ。周りをほとんど畑に囲まれ降り立つ人もまばらな駅は、単線だから一時間に二本程度しか電車が来ない。
終電が行ってしまえばさらに人気 は少なくなり……こうした待ち合わせをするには、もってこいの場所だった。
「遅ぇな…… 」
もうどれくらい待っているかを携帯を出して確認すると、既に三十分以上が経過してしまっていた。だけど、来ないと諦め離れた瞬間、彼が来るかもしれないと思うと容易にそこから動けない。電話をすればいいのだろうが、自分から彼へかけた事など一度もないし、できる勇気も持てなかった。
――俺も大概……バカだ。
小さいながら駅舎があるからそこに座っていればいいとか、歩いて来られる距離なら家まで迎えに行くと何度か言われた。だけど、壮一は頑なにその提案には頷かない。
「高林……早く来ねえと、帰るぞ」
思ってもいない言葉はすぐさま強い風にかき消され、小さく咳を漏らした壮一は、向かい側から迫るライトに気付いて僅かに微笑んだ。
***
内田壮一 と高林光希 が出会ったのは三年前。
壮一は、名の知れている流通企業の正社員で当時は二十八歳だった。細身で背も高くはないが、力仕事が多い仕事柄、筋肉はしっかりついている。
遠目から見たら女に見えると揶揄された時期もあったけれど、真面目にコツコツ仕事をするうちそんな声も聞かなくなった。
「内田さん、意外に下戸なんですね」
光希との距離が縮まったのは、転勤してきた彼の歓迎会の後の事だった。
現場採用の壮一と違い、本社採用でエリートの彼は二十五歳という若さでもう主任のポストに就いている。
そして、近場での移動しかない壮一達とは違って彼等は、三年に一度必ず全国規模の転勤を強いられる。
転勤する度ポストが上がる約束をされた人間達だ。
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