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3周目

ーー思えばあの日から、ずっと後悔している。 『おじいちゃん、最期あんたのこと呼んでたのよ。アキはいつ帰ってくるかって、心配して』 おれの祖父は癌で死んだ。大好きだったあのじいちゃんが日に日に弱って、日に日に記憶が曖昧になっていくのが見てられなくて、おれは全く見舞いに行かなかった。 じいちゃんが死んだとき、母さんが泣きながら放った言葉を聞いて、おれは後悔した。じいちゃんの記憶が曖昧になっても、小学生のおれのことは覚えていてくれた。なのにおれは弱った姿を見るのが怖くて、それどころか息を引き取ったことにほっとして。 行かなかったことを後悔した。 ずっと、ずっと、そんなのばっかだ。 「アキ」 目が覚めたような気分だった。名前を呼ばれて、顔を上げると、友幸がいる。 「なんだよ、急に黙って」 息ができた。目を瞬いてあたりを見渡すと、いつものゲーセン前。どうやらおれはまた、戻ってきたらしい。 「……どうすればいい?」 なんだか悲しくなって、おれは呟いた。友幸の眉根が寄って、心配そうに首を傾げている。 「どうすればよかった?」 無意識に手が伸びる。友幸は最初、驚いたみたいだったけど、何も言わず頰に触れさせてくれた。 「なんて顔してんだよ」 友幸が笑う。いつもの顔で笑う。頰に触れたおれの手の甲に自分の手を重ねて、慰めるように笑う。 「……さよならだけしか言えないんだ」 その言葉に、友幸の瞳が曇った、気がした。おれはまた無意識に涙をこぼす。格好悪いのに、我慢することができない。 SF映画でもおきまりの展開。恋人の運命は元から決まってきて、どう足掻いても死を回避することはできない。ハッピーエンドは始めからなかったのだ。 選択肢を間違えなければ、後悔のない世界があったのかもしれない。おれはじいちゃんにお別れを言えて、友幸と恋人になれて、時々苦しくなりながらも、それでもハッピーエンドに行き着けたのかもしれない。 「……運命?」 ふと、間抜けな声が出た。ズズっとみっともない音をたてながら鼻をすすって、涙を拭う。 「バカみたいなこと言ってるかもしれないけど」 もう片方の手も友幸の頰に当てがって、両手で顔を包み込む。心臓の鼓動が早いのは、さっき思いついたアイデアのせいなのか、恋のせいなのか、よく分からない。 友幸が目を見開く。いつも落ち着いているあいつの顔が真っ赤に染まって、おれを真っ直ぐ見つめている。 「おれは、どんなことがあっても、友幸さんと一緒にいることを誓います」 額と額が重なる。熱い。おれの熱なのか、友幸の熱なのか、多分、どっちもだろう。 「おれと結婚してください」 ああ、ほんと、バカみたいだ。こんな、ゲーセン前で、プロポーズ。でも我ながら、いい考えだとも思う。 別々の運命の先におれたち2人がいないのなら、同じ運命を歩む、ていうのはどうだろう。 「……おまえ、バカなの?」 友幸の声がする。言葉はいつも通りだったけど、声が震えていた。真っ赤になって、目にいっぱい涙をためて、おれの手首を掴んでいる。 「いいよ。ずっと一緒にいてあげる」 なんだか、幸せになれるような気がした。幸せにしたいとも思った。 ーー目が覚める。 「アキ、お前いつまで寝てんだよ」 おれの顔を覗き込む青年が友幸だということはすぐに分かった。あれ、なんか成長した?とか思ってる間に頭が冴えてくる。 「うわ、いま何時?!」 「11時半」 「え、起こせよ!」 慌ててベッドから飛び起きて、洗面所へ向かう。予定では9時に起きて準備するつもりだったのに。 「もー、ほんっとごめん。最悪。なんでいつもこうかな……」 「最近仕事忙しそうだったから、まぁ、許してやらんこともない」 「……ありがたき幸せ」 急いで準備を始めるおれの後ろで、嬉しそうに微笑む友幸の姿が鏡にうつっている。その笑顔を見るだけで、おれまで嬉しくなった。 「ご機嫌ですね、友幸サン」 「そう?普通だろ」 「毎年結婚記念日浮かれてますよねー」 「結婚ってかプロポーズ記念日?」 否定はしない友幸が可愛くて仕方ない。 「あんとき、いま思い出しても笑える。アキ、いきなり泣き出すしさ」 「はぁ?そっちだって泣いてただろ!」 「そうだっけ?」 へらへら笑う友幸が懐かしいと思うのはなぜだろう。そう言えば、すごく長い夢を見ていた気がするけど、思い出せない。 この日になるたび恋に落ちる。どこか新鮮な感覚がして、やっぱり友幸が好きなんだと実感して、そして浮かれまくってるあいつにキスをする。 これ以上の幸せ、おれは他に知らない。

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