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第1話 弥代遊郭

 港に停まった船の扉が開き、吐き出されるようにして子供達が出て行く。年齢や性別や出身地は様々だけど、誰も彼もが痩せていて、汚れていて、そして疲れていた。  船から陸に降ろされた彼らはぼんやりと目の前の「町」を見ていた。生まれて初めて目にする町。田畑も連なる山もなく、活気に溢れ、皆洒落たキモノを着て楽しそうに歩いている。  彼らのような都会人が、なぜ田舎者の自分達を町に招き入れるのか。一体自分達はこれから何をされるのか──それを考えると恐ろしくて仕方がないのだろう。子供達の顔は皆一様に暗かった。  不安で泣き出す子もいれば、兄弟身を寄せ合って諦めの表情を浮かべている子達もいる。ただおろおろするだけの子。ぼーっと突っ立っているだけの子。十歳から十八歳くらいまでの子供達が、全部で二十人。  ──うわぁ。  俺もその内の一人だったけれど、どうやら俺は他の子とは違うものを見ているらしい。  ──なんて賑やかで楽しそうな場所なんだろ。  俺の目には、視界いっぱいに広がる町が煌びやかでとても美しいものに映っていた。沢山の笑い声に沢山の店、行き交う人達が着た色とりどりのキモノ。犬や猫も通りを嬉しそうに歩いていて、どこからか軽快な音楽も聞こえてくる。それはまるで小さい頃にお寺で見た極楽絵図のようだった。 「おおい、皆いるな。それじゃあついて来い」  一緒に船に乗ってきたヒゲの男が、俺を含めた子供達の塊を引き連れて歩きだす。左右と最後部にも大人がいるのは、逃げようとする子がいないかを見張るためだ。 「赤川の旦那。またこんなに大勢の子供を引き連れて、因果な商売だねぇ」  歩いている途中、知らない男の人がヒゲの男に声をかけた。身なりの良い男の人はどこか呆れたような口調で、腰に手をあてている。 「おお、一ノ瀬(いちのせ)堂の坊じゃねえか。これが俺らの飯のタネだ、いちいち胸を痛めてちゃ明日の飯が食えなくなるからな」 「良い子がいればウチに奉公に来てもらっても良いぞ」 「だったら競りに参加しておくれよ。横取りは良くねえ」 「そうかい。んじゃ、またな」  一ノ瀬堂の坊と呼ばれた男の人は、俺達にちらりと目をやってから行ってしまった。一瞬だけ俺と目が合ったけれど、お互い特に何も言うことはない。  町にいた他の人達も皆そうだ。ちらっとこちらを見るけれど、またすぐ目を逸らして行ってしまう。俺達が何のために歩かされているのか、町の人全員が分かっているようだった。

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