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第1話 弥代遊郭・2
そうして連れて来られたのは、港からほど近い寂れた宿屋だった。古カビや埃の匂いに鼻を刺激されてつい顔を顰めたが、あの狭い船の中で揺られていた時よりはずっと良い。
二階の大広間で俺達を待っていたのは、あまり優しそうでない大人の男達だった。その数はざっと三十人ほど。高そうなキモノ──あれはスーツというやつだ──に身を包んだ彼らは誰一人笑っておらず、ぎらついた目で俺達を見ていた。流石に俺も戸惑ったが、ヒゲの男が次に言った言葉に、更に戸惑うこととなる。
「それじゃあまずはこいつだ。齢は十二。なかなか可愛い顔だろう、十から始めるぞ!」
船の中で俺の隣に座っていた女の子が、ヒゲの男に腕を掴まれ大人達の輪の中に放り込まれる。大人達に囲まれ四方からじろじろと見つめられて、女の子は震えていた。
「二十だ」「三十」「五十!」
他の子達は訳が分からず動揺しているが、俺は今何が行なわれているのかはっきりと理解していた。
自分達は彼らのうちの誰かに売られるのだ。
売られた先で何の仕事をするのかは今の時点では誰にも分からない。ここから更に転売されることもあるし、立派な商店の丁稚になることもあるし、お金持ちの子供として育てられることもあるし、それら全てとは全く違う、何よりも怖いことをされることもある。
全ては近所のおじさんから聞いた話だった。子供が町に売られたら、その先どうなるかは神様だって分からない──
「最後はコイツだ。他よりちょっと大きいが、その分即戦力になるぞ。コイツは五から」
そうして俺が売られる番になった訳だが、大人達は誰も声を発さない。当然だ。高い値がつくのは第一に可愛くて幼い女の子。その次に俺と同い年くらいの女の子。次は小さい男の子。最後が俺のような「それほど幼くも美人でもない男」だ。
「小僧、齢はいくつだ?」
入札の声が上がらない代わりに、俺の正面にあぐらをかいていたスーツの男からそんな質問が飛んできた。
「……えっと、正確には分からないです。十六か、七か八……かな?」
緊張しながらそれに答えると、俺達をここまで連れて来たヒゲの男が、手帳のようなものを開いて説明した。
「コイツの親は、借金苦で心中しちまったんだ。一家心中の死にぞこないを親戚が引き取って暮らしていたらしいが、誕生日も年齢も血液型も不明だと」
「最初から売るために引き取られたんだろうな。お前、最果 市から来たんだろう。つくづく哀れだねえ、あそこに産まれたガキ共は」
別の男が苦笑いをして言うと、先ほどのスーツの男がまた違う質問をした。
「小僧、男は知ってるのか」
「え? 男は知ってます。俺も男ですし」
「違う違う。例えばお前を引き取った親戚のおじさんが、お前の体にいやらしいことをしてこなかったか」
「してこなかったです」
ふむ、と質問を投げかけてきたスーツの男が、膝の上で開いた帳面に何かを記入した。何を書いたのか興味をそそられ覗こうとするも、ヒゲの男に腕を掴まれ止められてしまう。
「よし。誰も値を付けねェなら、俺が三十でその小僧を頂こう」
閉じた帳面でポンと膝を叩いたスーツの男が、俺を見てニッと笑った。綺麗なスーツを着ているのに、頭は鳥の巣みたいにぼさぼさだ。
「おお、『寿輪楼 』のご主人だぞ。お前、最高にツイてるなぁ」
ヒゲの男が俺に言って、思い切り背中を叩かれた。
「小僧、名前は」
立ち上がったスーツの男が俺の顎を捕らえ、上を向かせる。
「あ」
「あ?」
「……彰星 です」
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