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第1話 弥代遊郭・4
「いいかチビ。ここでのお前の仕事は、俺の言いつけを何でも聞くことだ。俺がしろと言ったことは素早く行なえ。そして二度同じことを言わせるな」
寿輪楼で風雅さんに与えられている部屋は、一階西奥にある八畳の和室だった。ここで同輩の男遊さんと二人で寝起きしているのだという。その男遊さんは今一人で買い物に出ているらしく、戻ってくるのは当分先とのことだ。
「風雅さん、いま俺は何をすればいいですか」
お義父さんに借りた安いキモノに着替えた俺は、あぐらをかいた風雅さんの前にきちんと正座をして訊ねた。
「別に今は何も予定はねえから、お前の方で聞きたいことがあれば答えてやるよ」
「俺、風雅さんみたいな男らしくてカッコいいのに綺麗な人、初めて見ました」
純粋な気持ちを伝えたつもりだが、風雅さんは高い鼻をツンとさせるだけで少しも笑ってくれない。
「そりゃあ、お前の田舎じゃ廓なんてねえだろうからな。確かに俺様は寿輪楼どころか弥代遊廓でもナンバーワンの男遊だが、お前の目から見たらどの男遊も『カッコ良くて綺麗』だろうよ」
「……確かに、他のお兄さん方も凄く綺麗でした」
「自分も同じになれると思うなよ。どう見てもお前は一生三下男遊で終わるタイプだ。予想を覆すほどの根性がお前にあれば、俺様の躾けでどう化けるかは分からんがな」
「あの風雅さん、脚が痛くなってきたので正座やめてもいいですか?」
「人の話聞いてんのかっ、てめえ!」
飛んでくる風雅さんの唾を両手で遮っていると、ふいに俺の腹が鳴った。
「……何だ、お前。腹減ってんのか。飯食ってねえのか?」
「すいません。船の中でジャガイモのふかしたやつを一個もらいましたから、飯は食ったんですが……」
「イモ一個で最果から弥代まで来たのかよ。道理でガリガリな訳だ」
本当はそのジャガイモも自分より小さな子達に分けてしまったから、俺は半分も口にしていないけれど。
空腹には慣れている。というよりも俺の地元では住人全員が常に腹を空かしていたから、それが人間として当たり前のことだと思っていた。
「仕方ねえ。綺麗と言ってくれた駄賃として、この風雅様がお前に甘味をくれてやろう」
「えっ?」
風雅さんが自分専用らしい鏡台の引き出しを開けて、中から綺麗な缶の箱を取り出した。
平たいが縦横に大きい箱の蓋を風雅さんが開ける──その瞬間、喉奥から耐えきれず歓声が迸った。
「う、うわっ、うわあぁ! 何ですかこれっ、綺麗っ!」
一つ一つが透明のフィルムに包まれた、色とりどりの宝石達。赤や青や緑、桃色に黄色、白。口に丸ごと一つが入る大きさで、皆ころころとして愛らしい。
「飴玉だ。俺の太客である飴屋の旦那さんがくれたのさ」
「あ、あめっ?」
「どの色がいい。選ばせてやる」
「ぜ、全部っ。全部欲しいです!」
アホか、と風雅さんが俺の頭を叩いた。
「じゃ、じゃあ赤いのを……」
「よし、口を開けろ」
大きく開いた俺の口に、風雅さんが包みを剥がしたそれを入れる。「っ……!」たちまち口の中に痺れるほどの幸せが広がり、俺は目を見開き両の頬を手で押さえた。
「お、美味しい……! 茹でたトウキビよりずっと甘いです! 何これえぇ!」
「ぎゃはは、今のお前の顔、傑作だな。そんだけ感動してくれるならやった甲斐があるってモンだわ」
缶の中には数え切れないほどの飴玉がある。この一つ一つが甘くて美味しいものなのだと知り、俺はそこから目が離せなくなってしまった。この味を体感できただけでも売られて良かったと思ったほどだ。飴玉。俺はすっかりその甘い魅力の虜となってしまった。
「すっげえ見てくるけど、一つしかやらねえからな。……そうだな、お前が良い働きをしたらその都度褒美にやってもいいぜ。その時はこの青いのをやろう」
「が、頑張ります! 風雅さん! 俺、頑張りますっ」
きちんと正座をして「ううう」と甘味に体を震わせる。風雅さんはそれを見て苦笑していた。
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