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第2話 娼楼の外で・2
「邪魔だっ!」
突っ立っていたら、急に後ろから尻を蹴られた。
「い、痛い……何ですかっ?」
振り返った先に立っていたのは、俺よりずっと小さな女の子だった。花柄のキモノに肩までのおかっぱ頭をしていて、目も眉も吊り上げて俺を睨んでいる。
「わ、可愛い。女の子がいるなんて知らなかった」
「俺は男だっ!」
「へ?」
目を瞬かせる俺の背後で、やり取りを見ていたおばさん達が笑い声をあげた。
「次郎太 ちゃん、おはよう。今日も可愛いねぇ」
「お兄さんのご飯だね、すぐ用意するからちょっと待ってな」
白菜を刻んでいたおばさんが大きな釜の蓋をあけ、茶碗に真っ白いご飯を盛る。「白い飯……!」ほかほかの美しい米に思わず見惚れていると、また尻を蹴られてしまった。
「あれは兄さんの飯だ。お前のじゃない!」
「あはは、彰星ちゃんはもう少し後でね」
おばさんから御膳を受け取った可愛い男の子──次郎太が、フンと鼻を高くさせて俺の横を通り過ぎ食堂を出て行った。
「……女の子と間違えたから、嫌われたかなぁ」
ぼやいた俺に、おばさんが笑って首を振る。
「次郎太ちゃんはいつもあんな調子だよ。本当は素直で良い子なんだけどね」
「あの子は一郎太 さんていう、血の繋がった本当の兄さんのお付きをしていてね。よほどお兄さんのことが好きなんだね、朝から晩までお兄さんのためによく働いてるよ」
「へえ、兄弟で働いてるんだ。いいなぁ」
思わず素直な気持ちを口にすると、おばさんの一人が手拭いを絞りながら困ったように笑って言った。
「次郎太ちゃんの下にももう一人弟がいるんだけど、その子は別の廓に売られちゃったみたいなんだ。兄弟で年季が明けたら、一番下の三郎太 ちゃんを探しに行く旅に出るんだって」
「あ……」
「目標があると頑張れるからね。……叶う叶わないは別としても」
売られる先は選べない。宿で経験したように、買う側である大人達の気分一つで俺達は極楽にも地獄にも行くことになる。「商品」を買う側にとっては兄弟が引き離されようと、二度と会えなかろうと、そのためにどんなに泣き叫ぼうと、どうだって良いのだ。
お皿の上で焼かれた秋刀魚にだって親兄弟はいる。だけど、食う側の俺達はそんなの気にしない。それと同じだ。食われる側の「声」は、絶対に届かない。
「彰星ちゃんも頑張るんだよ。お義父さんや兄さん達の言うことをちゃんと聞いてれば、間違いないからね」
「……はいっ!」
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