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第2話 娼楼の外で・3

 午前十時になってようやく最高の朝ご飯を食べ、食器を厨房に戻しに行き、また風雅さんと雷童さんの部屋へと戻った。久し振りに朝から腹が膨れた俺の顔は、朝陽と同じに輝いているだろう。 「ああ、美味しかった! 白いご飯、甘くて……噛むたびに味が出て……」 「美味しかったね~。お腹いっぱいになると眠くなるよね。今日は部屋で食べたけど、食堂で食べてもいいんだよ。次からは皆と一緒にご飯食べようか」 「はいっ」 「そうすれば、皆とお喋りもできるからねぇ。ケンカも多いけどさぁ」  気の抜けた声で言って、雷童さんがあくびをした。風雅さんは夜着をからげて布団の上に大の字になっている。 「風雅さん、布団畳みますからどいて下さい」 「うるせえなぁ、朝くらいゴロゴロしたっていいだろ」  全く起きる気配のない風雅さんに溜息をついて、俺はふと思ったことを雷童さんに訊ねた。 「一郎太さんて、どんな方です? 今朝は弟の次郎太くんから色々と仕事を教えてもらったんですけど……」 「一郎太は、女形みたいに美人な人だよ。三味線もできるからたまに料亭とかに呼ばれたりするし、女が好きなお客さんから好かれてるね」 「そんなに綺麗な人なんですか」 「次郎太も可愛い顔してるでしょ。あの禿(かぶろ)も女の子みたいだし」 「キャンキャン吠える、うるっせえガキだけどな」  寝たままの体勢で言いながら風雅さんが笑った。俺もつられて笑おうとしたが、どこにいるか分からない彼らの弟のことを思い出し、俯いてしまう。  目標があると頑張れる。おばさんの言葉が頭を過ぎり、俺は気合を入れるように唇を噛みしめた。今の俺の目標は、一日でも早く一人前の「お付き」になることだ。 「彰星。髪を梳かしてくれる?」 「はいっ、雷童さん!」  雷童さんのひまわり色の髪。風雅さんの氷菓子のような髪も綺麗だが、癖は強いものの一本一本が細い金糸のような雷童さんの髪も美しい。俺は柘植の櫛でその髪を梳かしながら、彼らにもまた兄弟がいるのだろうかと考えた。 「彰星。そっちが終わったら俺の肩を揉んでくれ」 「はい、風雅さん」 「その後はお義父さんの所に行って、頼んでた化粧水が届いてるはずだからもらって来て」 「はい、雷童さん」  やることは沢山あるが、今の俺にはそれが有難かった。朝から充分過ぎるほど腹が膨れたし、その状態で仕事をするとやる気も出る。  最果市にいた頃は名前もないような草やら木の実を煮込んだものを食べていた。麦飯ですらご馳走だった。  食べた心地もないまま他人の畑に行かされ、暗くなるまで働かされた。そうしてまた夕飯に謎の草と少しの雑穀を煮込んだものを食べ、夜明け頃まで眠った。  幸せと苦しみが同時にやって来るのは、腹がいっぱいで動けなくなった時──。それはどんな気持ちなんだろうと、畑を耕しながら俺は時々想像した。  今こうして働くのが気持ち良いのは、腹が満たされているからだ。朝食は一日の活力になる。与えられた仕事も泥にまみれへとへとになるようなものではなく、美しい兄さん達に言われたことをやるだけだ。屋根もあり布団もあり、何の文句があるだろう。

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