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第2話 娼楼の外で・4
「お、彰星おはよう。よく眠れたか?」
寿輪楼の楼主、一条矢多丸──お義父さん。俺を買った彼は一晩明けた今朝もスーツ姿で、頭は鳥の巣だった。
「お陰様でぐっすり眠れました! お義父さん、俺を買ってくれてありがとうございます。ここでの仕事、凄く楽しいです!」
お義父さんは楼の入口に構えられた受付台席で煙草をふかし、笑っている。|見世《みせ》は日が沈んでから始まるが昼間でもたまに来客があるため、受付台には常に誰かがいなければならないらしい。
「そうだな。ここは意地悪な先輩もいねェし、男遊同士の仲も良い方だ。男遊の待遇も他よりずっと良い。最高の店だろう」
だがな、とお義父さんが宙に紫煙を吐き出す。
「それはあくまでも、今のお前が兄さん方の下に付いているからだ。自分で客を取るようになったら、全部が全部楽しいとは言えねェかもな。脅かす訳じゃねェがそうなっても逃げ出すなよ」
「はい! あ、ところでお義父さん。雷童さんの化粧水が届いてませんか? 持ってくるよう頼まれたので」
「お前、さてはまだよく分かってねェなあ……」
お義父さんが苦笑したその時、開け放たれた寿輪楼の玄関から男の人の顔が覗いた。「矢多さん!」立っていたのは焦げ茶のスーツに洒落たハットを被った紳士だ。それを見たお義父さんの顔がパッと輝く。
「田崎 の大旦那じゃありませんか、お久し振りですなぁ!」
「ああ久し振りだ。寿輪楼も矢多さんも変わってないね。ここの所忙しくてあまり来られずに申し訳ない」
「お忙しいのは元気な証拠ですからね。こうして合間に顔を出して頂けるだけで光栄でございますよ」
ハットを脱いだ紳士が革靴を脱いで框に上がり、お義父さんに言った。
「雷童はいるかな?」
「ええ、大旦那が来たと知ったら喜びますよ。すぐに支度をさせますので、是非顔を見せてやって下さいな」
「……ん?」
そこでふと、田崎の大旦那と呼ばれた紳士が化粧水のビンを手にした俺に視線を落とした。
「知らない顔の子がいるね」
「これは雷童と風雅のお付きをしている彰星ですよ。昨日から寿輪楼に入ったんです」
「なるほど、新顔さんか。赤茶の髪とどんぐり眼が可愛らしい、まだ客は取らせてないんだね」
可愛らしいという言葉に俺の頬が熱くなる。
そうして優しそうな笑顔の紳士が、お義父さんに言った。
「代金は払うから、良かったらこの子も一緒に|揚《あ》げてくれないかな。彼にも昼飯を振る舞いたい」
「ええ、それはもう有難いことですが……」
「手は付けないよ、雷童が付いていれば安心だろう」
訳が分からず茫然とする俺に、田崎の大旦那がにっこりと笑う。
「一番良い服を着せてもらっておいで。一緒に町を歩いて欧風カレーが美味いレストランへ行こう」
「……は、はいっ」
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