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第3話 初見世・5
ほっと息をついて宴の片付けを手伝っていると、三味線を弾いていた黒髪の綺麗な男遊が俺に声をかけてきた。
「彰星。風雅のお付きの新入りだろう。厨房で俺の弟が無礼をしたと聞いたが」
弟。その言葉で、ピンときた。
「もっ、もしかして一郎太兄さんですかっ? お話は聞いております! うっわあ、本当に美人ですね……三味線もとてもお上手で……! うわあぁ……」
「あ、ありがとう。次郎太はしっかり者だが少々気が強くてな。年上のお前に色々と生意気言ったと思うが、どうか気を悪くしないでくれ」
「そんなこと、お気になさらないで下さいな! 俺は次郎太くんのこと大好きですよ!」
そうか、と微笑む一郎太さんは本当に綺麗だった。もしかして寿輪楼で一番の美人さんなんじゃないだろうか。雷童も風雅ももちろん美人だけど、この兄さんは二人とは違う「女性っぽい」美しさ、しなやかさがある。
「綺麗だなぁ……」
「恥ずかしいからあまり見ないでくれ。この化粧は客前でしかしないんだ。化粧を落とせばただの男、お前と同じだよ」
俺なんか例えお化粧をしてもただのへちゃむくれだ。元が良いからこんなに綺麗に仕上がるのだろう。
いつまでも見ていたかったが、一郎太さんは「それじゃあ」と三味線を持って部屋を出て行ってしまった。
*
売れるお女郎さんは一に顔、二に床、三に手と言われている。と、矢多丸のお義父さんから教えてもらった。男遊の方も一に顔、二に床までは同じ。それじゃあ三番目に大切な物は何なのかと問えば、「懐」なのだそうだ。
「お客ってのは、恋人に会いに来るつもりで登楼するんだ。恋人に求めるのは安らぎ、癒し、一緒にいて楽しいひと時だろ。客と寝る仕事だが、ただ枕を交わせば良いって訳じゃねェ。話している時も、町を歩いている時も、恋人に接するのと同じに懐を広く持って客を気持ち良くさせないといけねェのさ」
「……でも、俺は顔も良くないし、床に入ったこともありません。恋人に接するっていうのも分からなくて」
「それを雷童や風雅から学ぶんだ。二人の客への態度を見て、聞いて、自分なりの懐を習得すればいい。一郎太のように芸を身につけるのも一つの手だな。お前にしかない物があるなら、それは大きな武器だ」
俺ができることといえば、畑を耕したり水を汲むために長い距離を歩いたり、食べられる野草を見分けたりすることだけだ。……そんなの、ここでは何の役にも立たない。
「ところで彰星。お前の年齢が分かったぞ」
「えっ?」
お義父さんが受付棚の引き出しから、一枚の紙を取り出して言った。
「わざわざ最果に使いを出して、調べてもらったんだ。あそこは役所も大雑把な仕事しかしてねェんだな、紙一枚出させるのにどれだけ苦労したか」
ほれ、とお義父さんがその紙を俺に渡す。
「すみません、俺、字が読めなくて。何て書いてあるんですか?」
「これがお前の父親の名前、彰長 だろ。これは母親、志穂里 。お前は今から十七年前の、五月一日に産まれたんだ」
「十七年……」
「ということは、来週末で十八歳だ。十日後の五月一日、お前の初見世を大々的に行なおう」
俺の初見世。……十日後の十八歳になった夜、いよいよ俺は初めてのお客さんを取る。
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