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第7話 風雅の心・2

 せっかくだから一緒に買い物に出たかったけれど、今日の俺は稽古で楼を出ている。無断で道草していたらお義父さんに叱られてしまうから、残念だけど帰らなくてはならない。 「それじゃ俺はここで……」 「まあ待てよ彰星」  唐突に俺の肩を抱き寄せて、風雅さんが少し照れた様子で内緒話をしてきた。 「柳来の旦那のとこまで付き合え。飴買ってやるから」 「えぇっ、でも風雅さん一人の方が柳来さんも喜ぶと思いますけど……」 「こんな慣れねえカッコして一人で会いに行くのは気まず過ぎる」  要するに恥ずかしいから横に俺を置いておきたいということだ。変なところで照れ屋な兄さんだけど、柳来さんなら寿輪楼のお得意さんだし少しくらい寄って帰っても叱られないだろう。  そういう訳で俺は洋装姿の風雅さんと一緒に「飴屋 ゆうらい」に向かったのだった。 「ふ、風雅! こりゃまた一段と男前だなぁ……」 「節様がなかなか会いに来てくれませんので、しびれを切らして俺から会いに来てしまいました」  むくれているような誘っているような風雅さんの眼差しを受けた柳来さんは、もう既に真っ赤っかの爆発寸前状態だ。 「わ、悪かった! ここの所店が忙しくて、なかなか時間が作れなくてな……。もう一店舗別の廓に店を出す話が決まって、閉店後に俺の弟と連日相談してたんだ」 「綺麗な男遊さんがいる場所でのご相談じゃないでしょうな」 「ち、違う違う。違うって風雅。俺にはお前だけだ、本当だ。商売が上手く行けば行くほど、お前に会いに行ける時間が増える。明日は必ず行くから堪えてくれ、風雅」  目を細めて「ふうん」と言った風雅さんが、柳来さんの手を取ってニコリと笑う。 「そういうことなら許してあげます。俺の体が節様を想って泣き出さないうちに、来て下さいね」 「風雅ぁ……」  背後に桃色の桜をパアァと咲かせる柳来さん。心底風雅さんに惚れているというのが、はたから見ていて痛いほど伝わってくる。  それにしても上手いなと思う。俺が天凱さんに同じことをしても、爆笑されて終わりそうだ。  そんなことを考えていたら、突然、知らない男の人が風雅さんと柳来さんの横に立った。 「ん……?」 「風太、……」  へ? 「風太、お前……探したぞ」 「え? え?」  混乱する俺の前で、風雅さんの目が二倍に見開かれる。知り合いだろうか。風太って、もしかして風雅さんの本名なんだろうか。  が── 「どちらさんか知らねえが、人の腕いきなり掴んで何しようってんだ。放してくんな」 「風太。俺だ、武次(たけつぐ)。覚えてないか、俺達よく一緒に──」 「俺は風太なんて名前じゃねえ。弥代遊廓一の男遊娼楼、寿輪楼の風雅だ」 「風、太……」  背が高くて精悍な顔つきの男の人が、ゆっくりと風雅さんの腕から手を離す。今にも泣きそうな酷く傷付いた顔だった。  男の人から冷たく視線を逸らした風雅さんが、柳来さんに「それじゃ、お待ちしてますね」と微笑んで店を出て行く。 「行くぞ、彰星」 「は、はい……」  男の人はいつまでもずっとその場に立ち尽くし、風雅さんの背中を見つめていた。

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