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第7話 風雅の心

 てん、てん、てんととてん。  てんてんてんとと、てけてんてん。 「違う!」 「いだぁっ!」  畳の上に落とした扇子が転がり、俺は叩かれた手の甲を押さえて痺れる痛みに天井を仰いだ。 「あんたは何度同じこと言わすのっ、全然上達してないじゃないかっ!」 「そんなこと言ったって、俺、十八年間踊りなんて踊ったことないのに……」 「おんなじこと言ってた一郎太ちゃんは今じゃ立派な芸男遊だよっ、あんたもあの子を見習って気張りな!」  ぶうと頬を膨らませて扇子を拾えば、俺の踊りの先生であるおばちゃん──澄江(すみえ)先生が、顔を真っ赤にして「可愛くない顔をすなっ!」と怒鳴った。 「全くもう。次の稽古日までに今の振り付けを覚えてなかったら、今度は火鉢で叩くからね!」 「それはやだなぁ……」 「あんたは恵まれてるよ。昔は覚えの悪い子は真冬の庭に裸でおっぽり出して、声が枯れるほど歌わされたりしてたんだ。私が怒るのはね、あんたを立派な芸男遊にしたいからだよ。見込みがあるから厳しくなるってことを──」 「分かってますよ、澄江先生。一郎太兄さんに次ぐ芸男遊を生み出したいんでしょ」 「分かってるならちゃんとおしっ!」  何度も雷を落とされて、俺は溜息をつきながら稽古場を出た。  稽古は厳しいし俺の踊りのセンスも悪いけど、何だかんだで何かを習うというのは楽しかった。それに澄江先生は怖いけど、こう見えて優しい所もあるのだ。 「全く……ほら彰星。金平糖もらったから淡雪ちゃんに食わせてやりな。次も遅れず来るんだよ、分かったねっ!」 「わあ、ありがとうございます先生! そんじゃまた次に!」 「……全くもう、お気楽な子だよ」  ぶつぶつ言いながらも俺を見送りお土産まで持たせてくれた澄江先生に、俺は手を振って別れを告げた。  踊りは、本当は読み書きよりも早く習得しなければならない。寿輪楼にとって大事なお客さんが来た時に男遊総出でもてなしたり、宴席に呼んでもらえることもあるからだ。  天凱だって俺が上手に踊れるのを見たら、きっと驚くはずだ。あの日港から売買宿へ歩いていた汚い俺が、綺麗なキモノを着て皆と同じように踊っているのを見たら、きっと喜んでくれるはずだ。  ──頑張らないと!  強く心に誓ったその時、賑わう道の先に氷色の綺麗な髪が見えた。 「風雅さん!」 「お、彰星……。稽古の帰りか、どうせまたたっぷり絞られたんだろ」  動きやすいからと普段浴衣を着ていることが多い風雅さんだけど、今日は珍しく白いシャツを着ている。下も髪の色に合った青っぽいズボンでカッコ良かった。 「お洒落してどうしたんですか? しかもお一人で、鈴鞠は?」 「その鈴鞠がもうすぐ十一になるから、祝いになりそうな物をこっそり買いに来たんだ」  さすが風雅兄さん。怖いけど優しい、澄江先生のような人だ。 「俺も何かあげたいなぁ。鈴鞠はカッコいい物が好きだから、西洋風の玩具の剣とかどうですかね?」 「その案頂いた」 「俺があげようと思ったのに……」

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