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第7話 風雅の心・6
そして六時──
「風雅、旦那さんが来たぞ」
玄関で膝をついたお義父さん始め番頭さんや男衆が、深々と柳来さんに頭を下げる。
「今宵の旦那様の心意気、我々一同ありがたく受け取らせて頂きました」
「矢多さん、そんなかしこまらんでくれよ。今日は中々会いに行けなかった風雅への詫びも兼ねているんだ」
「そんなそんな、詫びなどとんでもない……!」
そんなやり取りが行なわれる中、ゆっくりと──風雅さんが大階段を下りてくる。普段は藍色などの渋い色を好む風雅さんだが、今日は誰よりも艶やかで派手なキモノを着ていた。氷色の髪は真っ赤な花で彩られている。その美しさに言葉を失ったのは、俺や柳来さんだけじゃない。
玄関まで来た風雅さんが、上目に柳来さんを見上げて微笑んだ。
「節様、会いたかった」
「風雅……!」
抱き合うように身を寄せた二人が、番頭さんの案内で二階の宴席へと向かう。
「さあさ、皆も準備して。一郎太と次郎太は三味線を頼むよ。『花の弥代へ』から始めよう」
風雅さん達に続いて他の男遊が歩き出した、その時。
「風太っ!」
──えっ。
振り返れば開け放たれた寿輪楼の玄関先に、武次さんが立っていた。
柳来さんと腕を組み大階段の中ほどまで上がっていた風雅さんの足が、止まる。
「風太っ、お前に会うために金を借りてきた。頼む、俺の話を聞いてくれ!」
「兄さん、残念だが今日だけは日が悪い。出直してくれや」
すかさず男衆が武次さんを宥めたが、彼の目は風雅さんの背中から離れない。
「風太、頼むからこっちを見てくれっ。俺はここ三年間、お前だけを探していたんだ!」
「兄さん、いい加減に──」
「待て」
風雅さんが柳来さんの腕から手を離し、大階段の上から玄関を振り返る。
「風太、──」
「そんな人様の金で俺に会いに来たところで、今更何を話すっていうんだ。くだらねえ話だったらぶん殴るぞ」
武次さんがほっとしたような顔になり、男衆の腕を振り解きながら言った。……満面の笑みで。
「風太。俺、結婚するんだ。俺達のいた町で、町会議員令嬢の道子ちゃんて子がいたろ。俺達三人、毎日一緒に遊んでた。俺、道っちゃんと結婚するんだよ。それをどうしても、親友のお前に報告したくて──」
「あっそ」
風雅さんがつまらなそうに目を細め、綺麗に整った髪をかきあげた。
「風太……?」
「何かと思えば、幸せ自慢か。わざわざそれを俺に報告したいなんて、とんだ有難迷惑だね。済んだならさっさと帰りな」
気まずくてとても見ていられない。流石の雷童さんも顔を顰めている。風雅さんの態度に俯いているのは男遊達だけではなかった。
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