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第12話 「ふたり」

 それから俺達は恋路園の屋台を見て回り、紫陽花を中心に季節の花を眺めて笑い合った。  天凱さんが意地悪を言うたびにふざけて叩く真似をしたり、向こうから来た人の集団を避けるために肩を抱き寄せられたり、紫陽花の造花で作られた子供向けの髪飾りを買ってもらって、俺に付けてくれるのかと思いきや天凱さんが自分の頭に付けたのを見て大笑いしたり。  お団子を食べて、温かいお茶を飲んで、また手を繋いで。  日記に書き切れないほどたくさんの嬉しい思い出が、一秒ごとに俺の記憶を更新して行く──。 「さて、売り切れる前に寿輪楼のたい焼き屋にも顔を出しておかねえとな」 「またからかわれそうだなぁ……」  再び歩き出したその時。突然後ろから何者かの手によって、俺の尻がバチンと叩かれた。 「ぎゃっ! ……な、何だっ?」 「赤頭の男女郎!」 「ま、また君たちか」  雷童さんと風雅さんの歌を歌っていた三人組の坊主達だ。今はりんご飴ではなく、それぞれ水飴やバナナ、輪ゴム付きの水風船を持っている。 「なあなあ、一ノ瀬堂の兄さん。何で男女郎と手繋いでるんだ?」  坊主達が天凱さんの甚平の裾を引き、不思議そうに目を丸めている。天凱さんが少し困った顔になっているのは俺といることへの後ろめたさからではなく、子供達に何と説明すれば良いのか迷っているためだ。 「なあなあ」 「兄さんも男女郎の尻がいいのか?」  恐らく「尻」の具体的な意味も分かっていないのだろうけれど──坊主達の純粋な質問に天凱さんは俺の手を握ったまま天を仰ぎ、考え込んでいる。 「うーん、そうだなぁ。……まあ一つ言えることは、俺は彰星が男遊でも男遊でなくても、同じくらい好きになってたってことかなぁ」 「兄さん、この赤頭が好きなのっ?」 「ああ、大好きだ。お前らも好きな子がいるだろ。俺も言ったんだから、ちゃんとお前らも教えろよ」 「い、嫌だね!」  形勢逆転、坊主達の顔が茹ダコみたいに赤くなった。 「そういえばウチの店によく来る文房具屋の夏美ちゃんのこと、お前らしょっちゅう店の外からじっと見てるよなぁ。さてはお前ら全員、あの子のこと好きなんじゃねえのか?」 「そっ、そんな訳あるか!」 「あ、あ、あんなお転婆なんか好きじゃねえぞ!」 「でも夏美ちゃん可愛いよね……」  天凱さんの見事な報復を受け、真っ赤になりながらそれぞれの反応を示す三人。そんな彼らが微笑ましくて、ついつい、ぷっと笑ってしまう。 「……おい、赤頭っ!」 「わ、笑ってません!」  三人のうち一番のガキ大将っぽい坊主が、持っていた水風船を俺の方へ突き出してきた。 「何? ……わっ、カメだ! 可愛い!」  彼が手に持っていたのはてっきり水風船だと思っていたが、どうやら違ったようだ。水の入った透明の袋の中では小さなミドリガメが泳いでいる。 「こ、これは口止め料だ。お前にやる」 「え? もらえないよ、君のカメでしょ?」 「本当は俺んちのザリガニと戦わせようと思ってたんだけど、いいからお前にやる!」 「で、でも」  最後は押し付けるように袋を持たされて、坊主達がまた元気一杯に駆けて行く。  その後ろ姿に「転ぶなよ!」と声をかけて、天凱さんが苦笑した。

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