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第11話 思いがけない1日・8
「あ、あれ……今日はお菓子を作ってるんじゃないんですね」
「ウチの店はお女郎の方で親父が出してるよ。ここは知り合いの店で、手伝いに来てるんだ」
天凱さんの甚平姿を見れただけでこの夏の運を使い切ってしまったような気がする。俺は馬鹿みたいに突っ立って、額の汗を拭う天凱さんに見惚れてしまった。
「若さん、彰星がカチコチになってるぞ」
「彰星のキモノ、若さんからの贈り物なんですってね。やっぱりセンス良いなあ」
風雅さんと雷童さんがニヤニヤしながら言って、わざと俺の顔を赤くさせてくる。そのせいでますます縮こまった俺を見た天凱さんが、また豪快に笑った。
「優しい兄さん達だなぁ。――よっしゃ、寿輪楼の美男子三人組に俺がたこ焼きを一舟ずつ奢ってやろう!」
「やったぁ! 若さん太っ腹!」
「ついでに言うと、彰星が金魚すくいしたいって言ってたぞ。でも金魚鉢がないから飼えないって」
「金魚?」
「ふ、風雅さん! それはいいんです!」
そうして俺達は屋台横の長椅子に腰かけ、口の中ではふはふ言いながら天凱さんが作ってくれたたこ焼きを食べた。
「あっついけど、美味しい!」
「雷童」
「なに?」
頬を膨らませた雷童さんに、風雅さんが何かを耳打ちする。それを受けた雷童さんが頷き、俺に向かってにんまり笑った。
「彰星。俺と風雅、そろそろ店番だから行ってくるよ。彰星はせっかくだから若さんと楽しんでおいで!」
「えっ? で、でも俺も店番しないと……」
「若さんといるって言えば大丈夫だよ。漸治さんもお義父さんも、そっち優先しろって言うだろうし」
「若さん、たこ焼きありがとうな! 良かったら寿輪楼のたい焼き屋も覗いてくれよ!」
引きとめる間もなく兄さん達が走って行く。
「たこ焼き一舟で気を遣わせちまったなぁ……」
やがてこちらの屋台にも本来の店主さんが戻ってきて、俺は嬉しそうに笑う天凱さんに手を引かれながらあじさい祭りの喧騒の中へ一歩踏み出して行った。
「良かったなぁ、今日は見世も休みなんだろ。ゆっくり休ませてやりてえ気持ちもあるんだが、この貴重な日にお前と一緒にもいてえし……」
「俺も天凱さんと一緒にいたいです。……今日の天凱さん、洋装でも着流しでもなくて、……緊張してしまうというか……」
握られた手が汗でびっしょり濡れている。一度綺麗に拭きたいけれど、それを言い出すのも恥ずかしい。天凱さんは気にせず歩いているから尚更だ。
「金魚が欲しいんだってな?」
「あっ、いや……大丈夫です! 俺、ずぼらでお世話できませんから……」
「それなら、風車でも買ってやろうか? それとも水飴がいいか?」
「また子供扱いして……水飴がいいです」
大勢の人達で賑わう恋路園を、またこうして天凱さんと並んで歩ける幸せ。俺が男遊であることは周囲に伝わっているのに、天凱さんはいつもと変わらず堂々と俺と手を繋いでくれている。
見上げた横顔は照れてしまうほど凛々しく、思わず胸が高鳴った。
「………」
――どうしよう。
「見てみろ、彰星。紫陽花が見事だぞ」
「わ、本当だ」
――顔だけじゃなくて、体が熱い。
第11話・終
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