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第12話 「ふたり」・7

「頭を上げなさい、彰星ちゃん」 「あ、う……」 「……天凱が見初めた子なら、信用できる良い子なのね。私はあなたの事情を痛いほど理解してるわ。どうか息子を信じて、身請けの日までしっかり気を強く持ちなさい」 「あ……ありがどう、ございます……。天凱さんの、お、お母様……」  涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった俺の頭を、お母さんが優しく撫でてくれた。 「将来的にあなたの母親になるんだもの。嫌じゃなければ、お母さんて呼んでいいのよ」 「う、うあ……あぁ……」  思わず飛び込んでしまったその温かい胸の中。頭を撫でるお母さんの手。死んでしまった本当のお母さんの温もりと同じものに、こんな形でまた会えるなんて。 「お、おかあ、さん……! お母さん……!」 「大丈夫、大丈夫。良い子、良い子」  赤ちゃんを寝かしつけるみたいに、俺を抱きしめたお母さんがゆっくりと体を揺らしてくれた。お菓子みたいな甘い匂い。ずっとこうされていたい――。 「ああ、えっと……母子の絆が出来たのは良いんだけどよ」  そんな俺達を見ていた天凱さんが、言いにくそうに口を開いた。 「お袋。彰星のキモノ着せてやってくれねえか」 「……あきれた。私が帰って来なかったらどうするつもりだったのよ。ねえ彰星ちゃん? あらまあ、可愛いキキョウが似合うこと」  そうして俺はぐずぐずと鼻を啜って床の上に立ち、お母さんの手に身を任せてきちんと着付けしてもらうことができたのだった。  キモノの裾をぴんと張ってくれながら、辛そうに目を伏せたお母さんが小さな声で言う。 「……今すぐあなたを養子にしたいけれど、恥ずかしい話、一ノ瀬堂には『今のあなた』を身請けできるほどのお金がなくてね。また娼楼へ戻してしまうことを許してちょうだいね、彰星ちゃん……」 「いいえ、お母さん。俺は天凱さんに約束して頂いただけで、お母さんに優しくしてもらえただけで……その日まで絶対に、頑張れますから」 「お父さんには私からもちゃんと話しておくから、任せてちょうだい。何も心配いらないわ。お父さんは私以上に温厚な人だから」 「『私以上に』……?」 「何か文句でもあるっていうの、天凱」 「ありませんよ、母様」  そのやり取りが可笑しくて笑ってしまった。  俺と天凱さん、「二人」だけだった。  そこへお母さんが加わってくれて「三人」に、お父さんが許してくれれば、「四人」になる。兄さん達も含めれば「もっとたくさん」だ。  俺は一人じゃない。  俺を愛してくれている人も、俺が大切にすべき人も。  きっとこの先、「数え切れないほどたくさん」になる。  お父さんとお母さんが俺を遺して死んだこと。  一度は意地悪な叔母さんに引き取られたこと。  お義父さんに買われて、天凱さんと出会えたこと――全部全部、今この瞬間に繋がっている。  俺が弥代遊廓に売られたのには、ちゃんとした意味があったんだ。  第12話・終

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