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第13話 海の向こう側・3
「うっげえ。また船が来るってよ!」
「やった! 田崎の旦那様に会える!」
朝から機嫌の悪い風雅さんと、逆に上機嫌の雷童さん。弥代の港に停まる船が運んでくるのは雷童さんの愛しの大旦那様、……それから、長い間海に揺られ性欲を溜め込んだ殿方達。
「船乗りって、獣のように貪ってくるから体が持たねえんだよなぁ。こんな日に限って柳来の旦那は来れねえしよ」
文句を言いたくなる風雅さんの気持ちも分かる。俺達が苦手なのは嫌な態度を取ってくる一般客を除けば、居丈高な軍人さんのお偉方と、一夜で一気に性欲を解放する船乗りさん、この二つだ。
船乗りさんはまだ激しいだけで、優しいことを言ってくれたり、花代を弾んでくれる人も多いけれど……。
「ああ、こんなにきめ細やかな肌の若くて可愛い青年が待っていてくれるなんて、最高のご褒美だっ……!」
「あ、あ……旦那様、もう少し……お手柔らかにっ……」
「彰星といったか。すまない、腰が止まらねえ、……!」
「んあぁっ、あ……! あう、……!」
四つん這いになった俺の尻を後ろから突く動作は、まるで疲れ知らずの機械のようだ。俺は両手両足で何とか踏ん張り、頭の中で数を数えていた。一時間……たった一時間。兄さん達も頑張ってるんだ。堪えないと。
「ああっ……!」
「良い尻だ、彰星。射精するのが惜しいほどの名器だ……!」
「だ、旦那様っ……あぁ!」
激しい突き上げに体を支えていた腕ががくんと曲がり、俺は布団に横面を押し付けながら布団の布を握りしめた──。
「だ、大丈夫か彰星……」
「……風雅さんこそ……」
今夜一番目の客が帰って、水を飲みに廊下を歩いていたらげっそりした顔の風雅さんと鉢合わせした。
「だ、だめだ……一発目から強烈なのを引いちまった。……尻がひりひりして堪んねえから、フノリの量を増やすよう頼みに行く所だ……」
「……俺も欲しいです、フノリ」
布海苔とは挿入の滑りを良くするための液体で、元は熱を加えると粘性が強くなる海藻だ。どこの娼楼でも見世が始まれば下働きの人達が鍋でフノリを温め始める。特に「性器を違和感なく濡らす必要がある」お女郎さんの見世では、昔からフノリは無くてはならない必須品となっている。
俺達も市販の挿入用オイルが売られるようになったとはいえ、そう年中買い足してはいられない。特に数をこなさなければならないこんな夜は、見世で作っているフノリが何よりも重宝されるのだ。
風雅さんと食堂に行って鍋の前に座っていたおばさんに事情を説明し、二人でビンにたっぷり入ったフノリをもらうことができた。
「全くもう。あの方々はお金はあるかもしれないけど、少しは加減しろって話だわよ。──あら、小椿ちゃんもフノリかい?」
「おばちゃん、くれー」
心底疲れた顔をしている小椿さん。寿輪楼でも体力に自信のある小椿さんですら、フノリを足しにくるなんて。
「こうなってくると、無事なのはきっと雷童だけだな……」
「いいなぁ……一本で大旦那様とゆっくり過ごせるなんて……」
天凱さんは来てくれると言っていたけれど、何時になるか、本当に来られるかは分からない。船乗りさんのお偉方にも一ノ瀬堂と懇意にしている人はいるようで、家族で食事会だの何だのと忙しいらしいのだ。
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