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第13話 海の向こう側・4

「はいはい色男達、サボってねえで次、次」  手を叩いて食堂に入ってきた男衆の良晴(よしはる)さんが、そこにいた俺達三人にジロリと睨まれて「うっ」とその場で固まった。 「そ、そんなに睨まなくてもいいだろう。サボって矢多丸さんに叱られるのは、お前達なんだぞ。ただでさえ今夜は男遊の数が足りねえんだ、きびきび働いて──」 「男遊が足りねえなら、男衆の連中も客取ってくれよう……」  珍しく弱気な口調で小椿さんが訴えると、良晴さんが「こんなオッサンに客が付くかい」と笑った。  駄々をこねても次の客を取らなければならないことに変わりはない。でも少しだけ兄さん達と話せて、何とか切り替えはできそうだ。 「よし、行ってきます!」 「おっ、いいぞ彰星。さあ二人も彰星に続け!」  うええぇいとやる気のない返事をして、皆でフノリのビンを手に食堂を出て行く。  見世が終わる零時まで、あと五時間。 「彰星にございます。今宵の俺は旦那様の物でございます……」 「おや、子供みたいに可愛い子だな。おいで」  今夜二人目の人は笑顔が優しそうで、思わずほっとしてしまった。豹変する可能性もあるから完全に気を許すことはできないけれど、初めから上から目線の命令口調な人よりはずっと良い。 「何かお土産をあげようね。遊廓に来た時は皆に外国のお土産を渡すようにしてるんだ」 「が、外国の……?」  その言葉に釣られて身を乗り出すと、定吉(さだきち)と名乗った彼が大きな鞄を探って「それ」を取り出した。 「これはイギリスで購入したトフィーというお菓子でね。袋が洒落ているし、食べ物だから皆喜んでくれるんだ」 「わ、……」  袋には道化師の恰好をした外国人の男の人が描かれている。その足元には可愛い猫と犬もいる。絵も色も綺麗でお洒落だ。……これが外国のお菓子。 「凄く綺麗な袋です! ありがとうございます!」  今すぐ袋を開けて中身を食べたかったが、流石に時間が限られているお客さんの前で勝手な行動はできない。俺は心から定吉さんに礼を言って、お菓子の袋を畳の上に置いた。 「旦那様、どうぞ横になって下さい」 「いや、いいんだ。君はとても魅力的だけど、枕を交わすつもりで来た訳じゃない。ただの時間潰しさ」 「へ……?」  思ってもいなかったことを言われて、俺は目を丸くさせた。 「馴染みの男遊に会いに来たんだが、ちょっと来るのが遅くなったら三時間待ちと言われてしまってね。どうせだからこうして別の男遊を呼んで、馴染みが空くまで待っているのさ」 「そ、そうだったんですか」 「ああ、今夜は僕の仲間達が大勢揚がってるだろう。彼らの相手をするのは大変だと思うから、僕の所にいる時だけは休憩時間と思ってくれて構わないよ。三時間待ちだから、最低でも三人の男遊さんは一時間ずつ休ませてあげられる」  神様を見た気がして、俺は深々と定吉さんに頭を下げた。こんな人もいるんだ。……だから外国のお土産を「皆」に渡してるのか。 「あ、あのちなみに、馴染みの兄さんというのは……」 「一郎太っていう、黒髪の綺麗な男遊は知ってるかな」 「知ってます! 一郎太さんの旦那様だったんですね!」  ぱっと顔を輝かせて言ったその時、昨夜聞いたばかりの一郎太さんの言葉を思い出した。  ──馴染みの船乗りに、三郎太の居場所探しに協力してもらっている。  もしかしてこの人が、三郎太くんを外国で見たという人だろうか。

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