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第13話 海の向こう側・8
「……一郎太さん……?」
俺の声にはっとした様子で、一郎太さんがキモノの袖で目元を拭った。
「す、すまない。前に話した船乗りの馴染みからの手紙でな。……三郎太が見つかったって」
「本当ですかっ……?」
「ああ、どうやら恵まれた生活をしているらしい。外国で、子供のいない老夫婦の養子として育てられているそうだ」
「………」
――一郎太には、その子が三郎太であると嘘をつこうと思う。
あの夜聞いた定吉さんの決意の言葉が胸を過ぎり、俺は唇を噛みしめた。
手紙の内容が本当なのか嘘なのかは、定吉さんにしか分からない。
だけど一つ確かなのは、例え手紙に書かれたことが嘘だったとしても、……これで一郎太さんも次郎太も安心できるということだ。
「よ、良かったです……良かったですね、一郎太さん」
俺にできるのは、定吉さんの気持ちを無駄にしないこと。……例え手紙の内容が嘘だったとしても、一郎太さんを想う気持ちだけは本物なのだ。
「………」
「ほら、彰星も見てくれ。これが末弟の三郎太だ。写真が同封されていた」
「――えっ?」
慌てて一郎太さんの手元を覗き込む。
「あっ、……!」
そこに写っていたのは、一郎太さんに――そして次郎太にそっくりな、女の子みたいに可愛い六歳の男の子だった。優しそうな老夫婦と左右で手を繋ぎ、得意げに笑っている。
間違いない。髪型を変えれば、丸っきり次郎太じゃないか。
「あ、あ……」
本当だったんだ――。
「外国語で読めないが、老主人からの手紙も一緒に入っていた。定吉が翻訳してくれてる。――三郎太が成人するまで、責任もって面倒を見ると書いてあるそうだ」
「何見てんだ、一郎太っ?」
こちらにやって来た小椿さんが、写真を見て「おおお」と声をあげた。
「もしかしてこの坊主、さ、三郎太かっ?」
「ああ、そうだ。俺は赤ん坊の頃の三郎太しか知らないが、間違いないと思う。俺には分かるんだ」
「な、何やってんだよ一郎太! 早く次郎太にも報せてやれって!」
「おお、そうだな。こうしちゃいられない……」
立ち上がった一郎太さんが食堂を出て行くのを見つめながら、俺は胸に手をあててあまてらす様に感謝した。
ありがとう――ありがとう、――ありがとうございます!
「で、彰星は何を泣きそうになってんだ?」
「へへ……三郎太くんが見つかったの、嬉しくって」
「ああ、無事に見つかったんだなぁ。……これで一郎太の年季が明けても、旅に出ずに済むな。俺も追いかけずに済む」
小椿さんはニカニカと笑っている。
「小椿さん、三郎太くんを探すの手伝うつもりだったんですか?」
「まあな。ついでに一郎太と一緒になる約束もしている」
「………へえ。……ええぇぇえぇっ?」
俺の驚愕の叫びに、食堂にいた兄さん達が一斉にこちらを振り返った。
知らなかった。小椿さんと一郎太さんの仲が良いのは知っていたけれど……まさか将来を誓い合うほどの関係だったなんて。
「お、驚き過ぎだ、彰星!」
「すいません、びっくりして……!」
ていうか、知らなかったのか? と、周りの兄さん達が呆れたような顔で俺に言った。
「……うううう!」
嬉しくて、胸がはち切れそうで、立ち上がって地団駄を踏んでしまう。
寒かったはずの体も心もぽかぽかだ。嬉し涙なら幾ら流したって流し足りない。
「小椿さん、一郎太さんをお願いしますよ!」
「年季明けまでまだ七、八年はあるけどな。次郎太の身請け金も用意しねえとならんし」
「きっと、全部上手く行きます!」
小椿さんが白い歯をみせて笑った。兄さん達も、おばさん達もほっとしたように笑っている。
「さあさあ、朝ご飯ができたよ! 皆、しっかり食べてちょうだい!」
「やったあ!」
白いご飯とお味噌汁。たっぷりの生野菜に、大根おろし付きの焼き魚も。
俺達は弾かれたようにしてそれぞれの席につき、ストーブよりも温かい最高の笑顔で両手を合わせた。
「いただきます!」
第13話・終
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